第22話 ルシファー様、飛び立つ

「あの時、確かに我々アルカディアは神々に敗北し……ルシファー様はお隠れになりました」


 足元に堕ちたアルカイエルに、私は静かに語り始める。


「ですが奥方との間に遺された一人息子こそが……あそこにいらっしゃる『二代目』ルシファー様なのです」


 楽園の景色を見せられた感傷か、それとも我が主に楯突いた男が地面に転がる愉悦か。はたまた紅茶に湿った喉を少し乾かすためだろうか。


「地上に降りた際に少し不手際があり、時間がズレてしまいましたがね。おかげで居もしない赤子を探すために、アルカディアの名前を使った芝居を打つ羽目になりましたが」


 理由は幾らでも付けられた。そして全てがどうでも良かった。


「その辺りは『秘密結社アルカディアの歴史②〜激動の昭和編〜』で語るとしましょうか。楽しいことだけではありませんでしたが、結果的には良かったと今では思っていますよ。なにせ」


 私はただ、誰かに知って欲しかっただけなのだから。


「『復活のルシファー』作戦の第一フェイズは成功したのですから。これで天界の連中も少しは焦るでしょう」


 私達はまだここにいる。


 旧き遠き理想の旗を、まだ掲げ続けている。


「さようならアルカイエル。貴方が淹れてくれた紅茶は」


 アルカイエルの肉体が光の粒子になって霧散していく。それが行き着く先に待つのは、仇敵の待つ天の頂。




「少しだけ……懐かしい味がしました」







「いてっ」


 地面に落ちていたタブレットに変なコメントが映ったせいで、俺も地面に落ちてしまった。


「羽なんて生えてる訳……」


 両手を背中に伸ばすと……ある。羽。一、二、三、たくさん。え、昆虫か何かなの俺?


「アスモデウス! なんか背中から生えてんだけど!?」


 急いでアスモデウスに駆け寄ってから、背中を指さし必死に叫ぶ。けれど彼女は穏やかな顔をして、静かに微笑むだけだった。


「アスモデウスさーん?」

「いえ……申し訳ございませんルシファー様。ただ、お父上によく似ていらっしゃるなと」


 父上。それを聞いてピンと来ないほど俺は馬鹿じゃなかった。これでも必死に勉強して大学に入ったんだからな。


「つまり何、小学校の時の話って本当だったの? てっきりはぐらかされてたのかと」


 それと道中で見た動画とつなぎ合わせると、俺はあの有名なルシファーの息子だったという訳だ。自分の家庭環境が独特だとは知っていたが、ここまで奇特だとは思ってなかったよ。


「ご自分の力の強さを考えれば気づいても良いと思っていましたが」

「いや、俺が強いのって秘密結社の改造人間的なのだと思ってたから……ファンタジー方面じゃなくてさ」

「それもあながち間違いではないと思いますが」

「そうかなぁ」

「ええ。六十年前に『秘密結社アルカディア』を興さなければ、今の我々はありませんから」


 六十年前、と口にするアスモデウスの声は少し弾んでいるように聞こえた。きっと尊敬する主の名前をじいさんに騙らせるだけの事情がその時はあったんだろう。


「おい、そこのメイド服!」


 と、それに関係しそうな人がこっちに来た。良かったヒカリさん気付いたようで。


「はいこれ、タブレット!」


 押し付けられたタブレットの画面をのぞき込めば。


・おつルシー

・今日は祝杯だな

・サンキュールシファー様 帰りにビール買ってきて

・俺コーラね ダッシュでよろしく


 相変わらず遠慮のないコメントが踊っていたので、つい吹き出してしまう。


「人を撮影係に使うなんていい度胸してるよね……結局あんな奴と戦う羽目になったじゃん」

「あなたも『あんな奴』と無関係ではありませんよ。貴方の祖父を救いようのない人助け中毒にした原因の一人ですから。自分の人生を狂わせた相手を恨みたいなら、我々ではなく彼らにすべきです」


 その言葉にヒカリさんが黙ってしまう。彼女は彼女で思い当たる節があるのか、それとも俺達が信用できないのか。


「ま、敵の敵は味方って事で」


 それでも俺は、彼女と上手くやれるんじゃないかって思った。


 だから、彼女に向って右手を差し出す。いつか彼女が掴んだ右手を、もう一度握り返して貰うために。




「改めてよろしくね、ヒカリさん」




 あれ。


 俺今、本名言っちゃった……?


「やっべ……」


 目を瞑って天を仰ぐ。やっぱり俺は神様って奴に嫌われているらしい。


 だからいつかきっとそのうち、ブン殴ってやらないとな。


「……だから」


 右手を彼女に叩き落とされる。残念でもないし当然である。


「何で人の個人情報を知ってるんだ、お前たちはあああああああああああああっ!」


 彼女が叫べばダンジョンが揺れる。えっなに天井から岩降ってきたんだけど崩れるのここ。


「あっ、アスモデウスどうすりゃいいの!?」


 と聞けばタブレットを見せつけて来た。そうかここにいい案があるんだな!?


・自業自得

・お前が悪い

・〇んで詫びろ

・ヒカリさんか いい名前だね

・あとJDだね 興奮してきた

・スレで見たけど苗字が十文字だっけ? 珍しいし特定余裕だろ

・電話番号も途中までわかってるしな

・十文字ヒカリちゃんかわいそう

・それでぐぐったら都内の大学のHP出てきたわ

・へぇー首席入学で代表挨拶してるじゃん

・マ?

・マジ 写真付きでくっそかわいい

・やべぇ超好み

・俺も十文字ヒカリちゃんと素敵なキャンパスライフ送りたかったよ……

・十文字ヒカリちゃんがんばえー

・こんなかわいい子の個人情報バラまいてる奴いる!? いねぇよなぁ!


「愚民共はクソして寝ろ!」


 それで明日には全部忘れろ、頼むから!


「それではルシファー様、折角羽があるのですから空でも飛んで帰りましょうか」

「よし任せろ今なら飛べる気がする!」


 ついさっき生えた羽の使い方なんてわかるはずもなかったが、それでも今なら大空を舞う事が出来ると思った。だって後ろの人が怖いから。


「では締めの挨拶をお願いします」


 アスモデウスを小脇に抱え、全力で空を飛んで見せる。大丈夫、不格好でもちゃんと前へと進めている。


 だからせめて、格好よく締めようじゃないか。


 ……最後の最後のやらかしをなんとか帳消しにするために。


「我が名はルシ」

「もっと今風にお願いします」

「おっ」


 おっとそっちじゃないのね。


「おつルシーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!」


 叫んで飛んで、進んでいく。


「やはりこちらの方が」


 きっと今の俺の姿は世界中の笑いものなのだろう。それは恐怖の代名詞たる堕天使ルシファーの名には相応しくないのだろうけれど。




「ツバサには似合っていますね」




 きっと黒井ツバサには、お似合いの姿なんだと思った。




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