第48話 ルシファー様、ダンジョンを往く

「ああ、主よ」


 俺の一撃に耐えられなかったカルザヴァンの体は光の粒となって消えていく。これがアスモデウスのいう不思議な力って奴なのだろうけれど。


「貴方様は今、どこで、なにを……」


 男が残した辞世の句は、ひどく人間らしいものに思えた。


 さあて、これにて一件落着っと。


「お疲れ様ですルシファー様! 何飲みますか!?」


 それを確かめるかのように、狭山さんが駆け寄ってきてくれた。保冷剤の入った柔らかめのクーラーボックスの中には、所狭しと飲み物が詰まっている。本当準備いいね君。


「ああ、じゃあお茶」


 ダンジョンの奥でこれ売るだけで金持ちになりそうだな、なんて思ったけれども。


「じゃなくて、今はいいかな……」


 これ飲むならマスク外さないといけないじゃん流石にそれは出来ないな。


「流石でございますルシファー様、カルザヴァン如きでは相手にならなかったようですね」


 雑魚の処理も終わったのか、アスモデウスが戻ってくるなりねぎらいの一言を俺にくれた。


「いや結構ピンチだったよ……チャンネルが」


 危なかった、一歩間違えたら収益剥奪されるところだったぜ。


「狭山ちゃん、ビールビールぅ!」

「やだなぁベルさん、十九歳がビール用意出来るわけ無いじゃないですか!」

「ぐううううううううううううううっ!」


 帰還したベルさんが酒をねだるも、正論パンチに撃沈する。今日一番辛い顔してますね本当に。


「さーて帰」

「お待ち下さいルシファー様、『五時ですよ!』より連絡がありました」

「れないのかよ」


 何度出鼻を挫かれれば良いんだよ俺はさぁ。


「九層から上の階層のモンスター達が一斉に地上を目指しているそうです。帰るついでに全部倒してくれないか、と」


 面倒くさいなと素直に思う。思うがやる気に満ち溢れている男が一名。


「ふん、やはりヒーローに休息はないか……ですよねシャイニー先輩」


 二十七歳児はヒカリの肩をポンと叩いて頼もしい台詞を口にする。


「え、先輩って私? いや私は明日締切の政治学のレポート書かないと」

「あ、あれ来週で良いってさ」


 ヒカリがそんな心配をしているので、学内の掲示板に貼られていた情報を教えてあげる。


「そうなの?」

「うん教授が法事みたいで」


 ……あれ。


 今のやりとりはただの十文字ヒカリと黒井ツバサの会話だったんじゃね。


「あっ」


 思わずアスモデウスを見れば、察した彼女がタブレットを見せつけてくれた。


・ん?

・特 大 プ レ ミ

・ルシファー様まずいですよ!

・なんでレポートの期限伸びたって知ってるんですかねぇ


 愚民が茶化すものだから、完全に今のは俺の失敗だったって実感する。


「へぇ……ルシファー様もうちの大学の政治学受けてるんだぁ」


 再び詰め寄ってくるヒカリ。何か無いか、何か。この失敗を帳消しにできる丁度いい何かが。


「あ! いやそんな話を狭山さんが言ってて」

「あ、私教養科目は倫理学なので……」


・草草の草

・[10,000円]嘘つかなくてえらい!

・正直者過ぎて感動したわ

・こんな正直者のバイトの子に罪をなすりつけようとした奴がいるらしいな

・マジかよ最低だなそいつ 悪の首領か?

・[53円]


 なんて良い子なんだ君は本当バイト先間違えてるんじゃないですかね。


「あっ、アスモデウス!」

「はい、ルシファー様」


 もはや俺に頼れるのは、やっぱり家族のアスモデウスだけなので。


「今の発言編集しておいてくれ!」

「今更な気がしますが……まぁいいでしょう」


 頷く彼女に安堵する。今更なのは間違いないが、それでも放置する訳にもいかないので。


「さっさと全部片付けて」


 拳を合わせ、地面を蹴って。


「有耶無耶にするぞおおおおおおおおおおおおおおお!」


 全速力でダンジョンを往く。こうして秘密結社アルカディア首領ルシファーの個人情報は守られたのでしたっと。




 めでたしめでたし、ってね。





・締まらねぇ英雄だなぁ




 うるさいぞ、そこの愚民。



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