第41話 ルシファー様、孤独なヒーローと戦う
「よう、遅かったじゃないか『ルシファー』。六十と二年も待たせやがって」
仮面の戦士の声が響く。
「その仮面を砕いて……オレの戦いは」
何もない地面を見つめながら、彼は首を横に振った。
「オレの青春は、終わらせなくちゃあならなかったんだ」
青春。過ぎ去りし日々はきっと、そう呼ぶべきものだったのだろう。
「楽しかったなぁ、本当に……中古のトラックに荷物を積んで、日本中駆け回ってさ。出たなアルカディア共めっ、このマスクドウォーリアが成敗してくれる! なーんて」
ポーズを取って、拳を放つ。空を切ったそれは、何にも擦りもしなくて。
「皆わかってたんだろうなぁ、オレ達がグルだってさ。けどそんな事、どうだって良かったんだ……だってよ、本物のヒーローショーが目の前で見られるんだぜ? そんでお代はと言えば、赤ん坊の目撃情報だ」
彼はここからは見えない空を見上げて呟く。
「けれど……ルシファーって名前を、お天道様は気に食わなかったんだろうな。だからあの時オレを操って、本気で先生を殺させようとしたんだ」
懺悔の二文字が頭を過った。
「けれど、澄華さんはさ……先生にベタ惚れだったからさぁ」
遠い遠い昔の罪を、彼は今でも悔いていた。
「かばっちゃったんだよ、なぁ」
それはまだ、今も彼を……英雄を呪い続けている。
「……ヒーローが人を殺した。どうすれば世間は納得すると思う?」
その問いに俺は答えない。
「正解はさ、相手が悪役だって言いふらすんだ。あいつらは悪い奴だ、人間じゃなかったんだ。だから殺されても仕方ないんだって皆して口裏合わせて」
俺達を指差して、次に自分を指差して。
「だからアルカディアは、悪い奴らになったんだ。そしてオレはヒーローを続けなくちゃぁならなかったんだ」
俺達が正しくない理由を教えてくれた。
「……澄華さんを殺した、オレがだぞ?」
男は嗤う。生涯をかけて貫いた、自らの滑稽さを。
「覚えてるんだ、あの時の光景を。落ちないんだ、あの時の血が」
震える両手を見つめながら、彼は苦悩を語り続けた。
「どれだけ誰かを助けても、この手は赤く染まったままで。それでもオレはヒーローだから、助け続けなくちゃあならなくて」
抱えた矛盾を貫きながら、歩んで来た道を思う。
「だから」
けれど人生経験の浅い俺には答えなんて出せやしないから。
「オレと戦ってくれ、『ルシファー』」
俺達は互いに構えた。
「ヒーローなんてこの世にはいないんだって」
何が正しいとか間違っているとか、そんな結論はすぐに出ないけど。
一つだけ確かな事がある。
孤独な英雄の戦いに幕を引けるのは。
「証明してみろ」
今ここにいる、悪役だけだと。
ただ静かに地面を蹴る。全力で、一撃で。この哀れなヒーローに引導を渡すのが、きっと俺のやるべき事だと思ったから。
「力があるってのも考えものだな」
真っ直ぐと突き出した拳は当たらない。ウォーリアはほんの少しだけ体を動かし、俺の肘関節を掴むと。
「それを利用するのは……容易い!」
そのまま背負投をする。衝撃が背中を襲うが、痛みがないのが救いだろうか。
「くっそ、年寄りのくせに……さっさと負けたいんじゃないのかよ」
「ははっ。ヒーローって奴はいつでも全力なんだよ」
背中を擦りながら立ち上がれば、黙ってそれを待っているウォーリア。投げられた、というのは理解できた。年季の差か技術の差か、体の使い方は向こうの方が一枚上手らしい。
しかし、少し安堵する。きっと俺の防御力を破れるほどの攻撃は無いのだと。
「……こんな風になぁ!」
が、ウォーリアが突進してきた。正気か、策があるのか? 迷った俺はとっさに両手で体を防いだ。だが。
「がら空きだぞ、小僧がっ!」
瞬間、腹部に鈍痛が走った。仮面の中で唾を吐き出し、その場で膝を折ってしまう。
「オレ達の力ってのは……そうだな、全身を覆うオーラのようなものだ」
ウォーリアは構え直し、両の手を貫手の形にする。
「それを一点に集めれば」
来る、けどどうする? 人生でおおよそ経験したことのない痛みが一斉に俺に命令してくる。避けろ、逃げろ、耐えろ。
「届く!」
ちぐはぐな感情に支配されたせいか、さっきと同じ体勢になってしまう。だから容赦なく飛んできた左右からの貫手が再び俺の腹を貫く。触らなくたってわかる、血が出ている事ぐらいは。
三度目の隙は見逃され無かった。即座に後ろに回ったウォーリアが、俺の首を羽交い締めにする。
「どうしたら本物のヒーローになれるかって、どうしたら澄華さんに顔向けできるかって……迷いながら鍛え続けた」
ギリギリと俺の首を締めながら、ヒーローが言葉を続ける。
「お前は、どうだ? 何の為に戦うんだ?」
「何の、為って」
「金か? 家族か? 恋人か? それとも」
呼吸が苦しい。巻き付いた腕を剥がそうとするも、弾かれたように触れられない。そしてウォーリアの右手が、俺のマスクに指をかけた。
「人の為とか言うんじゃないだろうな!」
俺の素顔を顕にしようとしているのだと気づく。何のために戦うのか、そんなものは。
「ほらほらどうした! 悪役がマスクを奪われちゃあお役御免だぞ!」
この仮面を被った日から。
「俺が」
世界に向けて中指を立てたあの瞬間から。
「俺が戦うのは……!」
何一つ、変わってなんかいないんだ。
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