第25話 ルシファー様、イチャイチャする

「入りません」

「つれないなぁ、一人で二人前食べるぐらいなんだから友達居ないんでしょ? やっぱりアレ、ヒーローって人よりお腹空いちゃうわけ?」


 白米を咀嚼しながら断るヒカリさんに、やたらと馴れ馴れしく絡むキノコヘアーの上級生。チャラい、なんか眼鏡してるのにチャラいぞ。


「これは友人の分です」

「へぇ、一人でヒーローごっこなんてしてるから友達なんていたんだぁ……あ、もしかしてその友人って」


 しかも取り巻きの女子も引き連れているから、周りの生徒達からも恨みの籠った視線を向けられている。


「ルシファー様とかぁ?」


 笑い出すサークル一同、箸を置くヒカリ、彼女の額の血管の切れる音が聞こえた俺。


「ヒカリ、どっちが良いかな」


 二人の間に割って入り、ペットボトルをどんと置く。


「あ、うん……じゃあこっち」


 少しは冷静になってくれたのか、彼女はスポドリを選ぶと一口飲んでため息を吐いた。良かったシャイニー怒りの血祭り事件が起きなくて本当よかったよ。


「へぇ……男連れとかヒーローもやる事やってんじゃん。やっぱりあれ? 夜もシャイニーなんとかーって言いながらしてんの? ねぇ彼氏くん、オレにだけ教えてよ」


 おいバカテメェこのキノコメガネ考えて喋れよこう見えてシャイニーは俺より堪え性ないんだぞ。


「……っさいなぁ」

「そうだよ悪い!?」


 ヤバい死人が出る、と思った瞬間俺は彼女の手を握りしめていた。


「あのねぇ、俺達もう付き合いたてで超ラブラブなの! ねっヒカリ!」


 口から出まかせを大声で喋れば、周囲から視線が一気に集まる。


「え!?」

「ね!」

「……は、はいっ」


 念を押してバグったランプのように右目をチカチカチカチカチカチカさせると、彼女が静かに頷いてくれた。


「ほらね!? だからその、えーっと何とかサークルさんの」

「チッ……ベストフェローズだよ」

「そう、そのベストフェローズさんの入る余地なんて無いから! ごめんねこれから一緒にイチャイチャしながら食事しないといけないから!」


 ほらだから消えろキノコメガネ、こっちは殺人事件を防ぐために忙しいんだぞ俺お前の命の恩人だからな?


「あのさぁ……馬鹿にしてんの? 言っとくけどオレらCランク目前だしチャンネルには五万人も登録者が」

「ごっごごごご五万人!? ひぇー大人気配信者だぁ!」


 俺は百万人だけど驚いてやるから帰れ帰れ俺は百万人だけど。


「……お前、名前は?」

「はいっ、空野太陽ですっ!」


 誰が本名なんて教えるか、こっちは個人情報の大切さを履修済みだぞ。


「覚えたからな……マジで覚悟しとけよ」

「はいっ、光栄です!」


 せいぜい居もしない生徒でも恨んどけと心の中で悪態をつけば、キノコメガネは舌打ちして取り巻きと一緒にその場を後にした。


「ふぅ」


 一仕事終えた俺はその場でため息をついていた。どうやら俺の蒔いた種は真っ赤な花を咲かせかねない時限爆弾だったらしい。


「もう、座ったら? 『空野太陽』さん」


 ヒカリに促されて席に着くと、取り巻きの一人が走ってきた。ヒカリさんよりも背が低く、それでいて男なら目が行く場所がでかい癖毛の女子だ。


「あのっ……十文字さん、空野さん。すみません、うちのサークルリーダーが……最近登録者伸び悩んでて、それで十文字さんを何とか引き入れたかったみたいで」


 彼女がぺこぺこと頭を下がると、また白米の山を崩し始めたヒカリが一言漏らす。


「登録者伸ばしたかったら、他人じゃなくて自分を頼るのが筋だと思いますって伝えておいて下さい」

「そ、そうだぞぉ」


 初手有名配信者とコラボとかダメだぞぉ。


「ですよね、わたしもそう思ってます」

「あと本気で勧誘したかったらもっと下手に出て下さい、とも」

「本当にそう思います……けれどあの人変にプライド高いから」

「さ~~~~や~~~~ま~~~~?」


 遠くからキノコメガネの声が響けば、狭山と呼ばれた女子が頭を下げてその場を去った。


「本当ああいう傲慢な人って許せないよね。あの子だって可哀想だよ」


 最後に文句を付け加えるヒカリ。さてさて、これにて一件落着。


「それで、私とラブラブでこれからイチャイチャしなきゃいけない太陽くん?」


 でもないようで、ヒカリに笑顔を向けられる。どうやらトラブルの芽を収穫していたと思ったらポケットから種を溢していたようだ。


「いやそれは」

「はい、どーぞ。アリバイ作っておかないとね」


 たじろぐ俺に彼女が唐揚げで追撃してきた。端で掴んでこっちに向けて、今時どこのバカップルでもやらないようやイチャイチャ古典攻撃である。


「言っておくけど……私も相当恥ずかしいんだからね?」

「うっ」


 さらに顔を赤くするという追撃付きで、つい屈しそうになるけれど。


「うどんうめぇ~~~~~~~~~~~っ」


 冷めて伸びたかき揚げうどんを全力で啜る俺。呆れ混じりのため息が方々から聞こえてきた、ような気がした。







「冷やかし、新聞、テレビ、佳代子、佳代子、冷やかし、佳代子……」

「ただいまーって……取り込み中?」


 帰宅した俺の目に飛び込んだのは、タブレットを睨みながらうんうんと唸り声を上げるアスモデウスの姿だった。


「おかえりなさいませルシファー様、すみませんネットで戦闘員を募集したのですが芳しく無く……」

「そうなんだ」

「はい、三割が冷やかしで二割が取材、残り五割が佳代子です」

「かよぽんじゃだめなの?」

「駄目ですね。能力にも忠誠心にも問題はありませんが、やはり彼女は外部のインフルエンサーとして輝く存在……あくまで我らアルカディアの知名度とイメージアップを担っていただかないと」


 五割について尋ねるも、アスモデウスなりの考えを説明されれば納得せざるを得なかった。つまり十割全滅、という訳か。


「で、なんで戦闘員なんて募集するの? てか社長って何なの結局教えてくれなかったじゃん」

「『復活のルシファー作戦』第一フェイズにて……ルシファー様個人の強さを世界中にアピールしました。今頃天界でも騒ぎになっているでしょう。ですが」


 咳払いを一つしてから、彼女は説明を続けてくれる。


「ダンジョンは無数にあります。その一つ一つをルシファー様が破壊して回るというのは現実的ではありません」


 まぁ関東地方だけで三桁あるって話だもんなぁ。


「そこでルシファー様が社長となり、戦闘員を雇用してダンジョンを破壊可能な別働隊を組織する……これが第二フェーズです」

「してその戦闘員が集まらなくて困ってると」


 彼女の提案は俺としては嬉しいものだ。俺は第一線を退いて戦闘員に攻略させ、晴れて社長として贅沢な毎日を送れるってわけだ。配信は今度からFPSでもしておいてやるか。


「ええ、誠に遺憾ながら」


 しかし戦闘員ねぇ、誰か良さそうな連中は……。


「じゃあ『ベストフェローズ』は?」

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