第32話 走れペンギンズ
「……塔司くん、もう一つ謝らせてください。事を運ぶための演技とはいえ、塔司くんの悪口を、長々と言いました。塔司くんに事前に伝えると気が緩んで、いかにも作り物で迫真さに欠ける悪口になってしまうと思いまして……ごめんなさい。塔司くんは、とても優しい顔立ちをしてらっしゃいますよ」
再度垂れる芽依ちゃんの頭。
……やっぱりそうだったんだー! 人知れず脳漿が出るところだったー! あぶねぇー!
「いや全然、気にしてないよ! 芽依ちゃんを信じて任せたのは俺だし!」
と、必死に頭を上げさせる。
――あれ? ちょっと待て。
演技ってことは、ウソをつかせたってことだよな……。
「……さて、ここからは氷室さんのことです」
切り替える芽依ちゃんに、俺も合わせる。
「まず、プリンスにどういう話をするか、からだよね」
「元も子もないことを言いますが、相手のことを考えられるのであれば二回フラれた時点で一旦距離を置きますし、そこまで執着のある人を他人が説得するのは、常識的に考えてムリでしょう。洗脳するようなものですから。……ただ、氷室さんが強く拒否の意志を持ち、それを私から北大路くんに伝える。場合によっては、私と氷室さんが同席して伝える。つまり今まで登場してこなかった異分子である私を介すことで、本気で嫌がっているとアピールするんです。その後で、マジョちゃんから北大路くんに『さすがに一旦距離を置くべきだ』と進言してもらう。ならば、彼も二の足を踏むかと」
「でも、まだプリンスのファンが……」
俺の問いに、芽依ちゃんは苦しげに答える。
「そこがポイントです。だから、あえて北大路くんには『まだチャンスはある』と希望を持ってもらうよう説得するんです。そうすれば、彼も氷室さんの悪印象になる要素は避けたいと思うはず。自分のファンの矛先が氷室さんに向かないよう、工夫をするでしょう」
一息に言うと、芽依ちゃんは大きく息を吐いた。
「きつく縛られていた物を、少し緩めて時間稼ぎをする……酷な話ですが、そもそもが最初から一朝一夕でどうにかなるものでは、ないんです。長期の目で見て、有効な手を考えていくしかない」
「そっか……」
具体的な策も何もなかった俺は、芽依ちゃんの言葉でやっと当たり前のことに気付く。
かといって、あかねを助けると決めたことは揺るがない。新たな覚悟で、挑むしかない。
「……でも、芽依ちゃんにそこまで負担――」
「あ!」
マジョの声。俺たちの視線に、マジョは両手の指先をくっつけて、汗をにじませていた。
「おととい、プリンスから相談受けて……。公開告白するのも手かもねって話したんだよね……」
「「……そうか!」」
思わず、芽依ちゃんとハモった。
今は、体育館でレクリエーション企画の最中。全校生徒が見守る中、司会は誰もが認めるミス&ミスター。これほど、お似合いの二人が強調されるシチュエーションはない。付き合ってる噂を真に受けて、諦めと期待の目で見る輩が、両者のファンだけじゃなくいっぱいいる。
そんな視線を一身に受けるあかねが、北大路からの告白を断れるワケない!
時間は五時二十分。企画の終了時間まであと十分。告白があるとしたら最後の最後だろう。
「とにかく俺行くよ。あかねを助けるって約束したからな。芽依ちゃん、本当にありがとう。君がいなかったら、何もできなかった」
言い終わらぬ内に踏み出すも、
「……待って」
よろける。左手を、強い力で引っ張られた。
芽依ちゃんの手が、俺の手首を握っている。痛いほどに。
「私も行きます。乗りかかった船ですから」
「そんな! 変に目立つことはないよ。下手すりゃ、いじめの対象にすらなるかもしれないんだよ!」
芽依ちゃんには、今までと同じように静かに本を読んでいて欲しい。それが一番似合う。
「氷室さんを助ける塔司くんを、私が助けたい。私が、決めたことです。……なんか文句あるんですか?」
いや言い草が変だよ! と、ツッコミもできないほど、彼女の瞳に気圧される。
「わ、私も行く!」
「マジョは今北大路側なんだから、来たら変だろ!? 待機しててくれ」
とにかく、時間がない。ここでモタモタしてられない。
「うーあーよしわかった! 芽依ちゃん来てくれ」
二人で、夕陽に染まった廊下を走る。ペンギンの影がドタバタしていて、なんとも滑稽だ。
教室にも廊下にも誰もおらず、走り放題。体育館の前までは幸運にもすぐに着いた。
息を整えつつ、体育館の扉を睨む。
「……芽依ちゃん、感謝と謝罪してばっかりだけど、今言っておくね。本当にありがとう。そして、ごめん。芽依ちゃんにウソをつかせてしまって。きっとさっきの悪口のウソ以外にも、俺の知らないところで言わせたよね。謝りきれない」
確証はない。けれど、きっとそうだ。
例えば、芽依ちゃんに相談を持ちかけたPCルーム。芽依ちゃんは二十分ほどどこかへ行っていたが、今思うと、米田先生にマジョのバイト疑惑の裏を取りに行っていたのではないか。そこでまた、ウソをついていたのかもしれない。
「……わかってはいるんです」
芽依ちゃんは深呼吸すると、俯いて眼鏡の位置を直した。
「時には必要なウソがあることも、人を助けるウソがあることも、自分だってウソをついてしまう弱い人間であることも。……でも、やっぱりウソは嫌いです。胸が、苦しくなります」
その苦しみを、少しでも肩代わりできたなら……。
いや違う、それは驕りというものだ。
「塔司くんにウソが嫌いと言っておいて、自分はウソをつく。軽蔑しましたか?」
「まさか! そんなこと、あるはずないよ。芽依ちゃんがいなかったら、俺だけじゃきっと何もできなかったから。だから……もっと自信を、持ってほしい」
俺の言葉に、やっと顔を上げた。
「……じゃあ、責任、取ってくださいね」
「もちろん」
即答。当然だ。責任くらいなんてことはない。
「本当に、食い気味ですね」
呆れたかな? ふふっと笑いが漏れた。
「絶対に、氷室さんを助けましょう」
真顔に戻る芽依ちゃんが、合図。
正直、何をどうすべきか、何を言うべきか、考えがあるようでまとまらない。ただ、これだけはわかる。場を、しっちゃかめっちゃかにする。
要は、全部アドリブだ!
「行くよ」
体育館の重い鉄の引き戸を、力一杯開いた。
★次回『王冠を奪え』につづく。
いよいよクライマックスに突入します。
面白かった!という方は★・コメント・フォローよろしくお願いいたします。
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