第12話 ブラック・ジャックがブラジャーに!?
家に帰還して、やっとこさ夕飯タイム。トースターでパンを焼く香りが、食欲を刺激する。う~ん、いい香り!
「え、半額なのに、塩パンとかいう一番安いの選んだの?」
あかねのチョイスは、塩パンとささみカツバーガー。塩パンは具材は何も入っていない、元から百円の一番安いランクのパンだ。
するとあかねは
「ハァ~……」
と、これみよがしにため息。
「わかってないねぇ。こういうシンプルなパンこそ、実は焼くとおいしいの。食べてみ?」
塩パンをちぎって渡してくる。
「これ五十円でしょ、そんな焼いたって変わらないでしょ」
口に中に放り込む。
――その瞬間――
「何コレうまァ!! サクッとした食感にちょうどいい塩気、そして中の空洞に塗られていたバターが溶けて、ジュワッと口の中に広がるゥ~!!」
「ほーら見たことか」
悔しいけど、これは覚えておこう。
◆ ◆ ◆
『お風呂が、焚きあがりました』
夕飯を済ませてしばらくすると、独特の電子音声が流れた。家自体は古いが、リフォームしているから水回りは新しい。お風呂もいちいち湯量を確かめなくていい。
「おっ、じゃあお風呂はーいろ」
当たり前のように一番風呂に入ろうとするあかね。まあ俺の後はイヤか。
……待てよ。
「あかね、洗濯物どうすんだよ。その……女性物の下着とか洗ったことないし、洗濯機にそのまま突っこんでいいものなのかもわからないし」
ふと、風呂から連想したことを尋ねる。
あかねは洗濯だけは自分で行なっている。といっても、俺んちと一緒で洗濯機と乾燥機が一緒になったドラム式洗濯乾燥機を使ってるから、洗濯物突っこんで洗剤入れてボタンを押せば後は畳むだけだが。
「それくらい自分で洗うから大丈夫」
それだけ言って、パジャマを持って行ってしまった。
自分の食器も洗おうとしないヤツが、本当かなァ。一応調べておくか。
スマホに『ブラジャー 洗い方』と入れて、検索ボタンを押す。わかりやすく解説してそうなサイトをタップしてみる。
「…………」
……待て、俺何を検索してるんだろう。なんだよ『ブラジャー 洗い方』って。
猛烈に恥ずかしくなってきた。変換候補に何入れちゃってんだろ、おい。あかねに任せて、ダメだったらその時はその時対応すりゃいいや。
はぁ~課題やろ。鞄は、あ、居間に置いたままだった。面倒だから居間でやろ。
ちゃぶ台にノートと教科書を広げる。課題は英語。事前に文章を訳しておく。
「あら、ほぉ」
該当のページはどうも手塚治虫先生について、教科書の登場人物たちが語っているものらしい。英文はとっさにわからなくても、見出しと手塚先生のキャラクターが載っていたことですぐわかった。文科省もなかなか凝ったことをするなぁ。
途中まで訳したところで、思い出す。一学期の時の、芽依ちゃんとの会話。
――土屋さんって、手塚先生のマンガ読む?
――もちろんですよ! 父が色々持ってましたから。
そうだ! こういう当たり障りのない会話こそ、マインにぴったりじゃないか。よし、善は急げ。
『英文の課題で思い出したんだけどさ、土屋さんは手塚先生の作品でどれが好き?』
我ながら、なかなか切り出し方については悪くないんじゃないか?
「ふぅー、やっぱりお風呂はいいな……」
髪を拭きながら、あかねが居間に戻ってきた。
風呂上がりでしっとり湯気を立たせるあかね。学校中の男子が大枚はたいてでも見たい姿なのかもしれないが、今はそんな時ではない。
あかねには目もくれずマインの画面に貼り付いていると、数分経って既読が付いた。
『一番は《ブラック・ジャック》ですかね~』
おし! じゃあここは『ブラック・ジャックは俺も読んだことあるよ!』と返そう。
「――あ~~~!」
なんだ? 声と風に、意識がそちらへ。
俺の斜め前で、あかねが扇風機を点けてその前を占拠していた。足を投げ出し両腕で上半身を支える形で風をあびている。またパジャマのズボンがずれて、少しパンツが見えている。上のキャミソールもめくれて、腰が丸見えだ。
なんだろう、あかねのこのさま。何かに似ている……あ、アレか。
「トドみたい」
「せめてアシカにしなさいよ!」
あかねは俺の方を向いて、左手でつっこみの動き。
「あっやば」
が、体勢を崩し、すっ転んでちゃぶ台に背中をぶつけた。
もう、何やってんだよ――ん?
『ブラジャー』
は? は? は?
おいおいおい! なんでこんな単語を芽依ちゃんに向けて送ってんだ!?
……そうか、ちゃぶ台を押されたショックで指が触れて、『ブラック・ジャック』のブの字が、変換候補の中の「ブラジャー」に転生しちゃったんだ! なるほど~!
「ああああああああああ!!」
「うわびっくりした」
えとえとえと、どうすればいい? ほらあったよな、メッセージ消す機能! それどうやるんだっけ? 急げ、既読が付く前に!
『急にどうしたんですか?』
「ノオオオオオオオオオ!!」
なんでこんな時だけすぐ既読付くんだよおおおお!
「どうしたの……?」
体勢を戻したあかねが、怪訝な表情で俺をまじまじと見てきた。
お前のせいだぞ! ――と、言いかけて、やめる。
あかねは家族だ。付き合い始めたのならまだしも、好きな人をわざわざ打ち明けるなんて、それは家族でやることじゃないだろう。あかねのせいで思わぬアクシデントがあったとしても、家族には相談したくない。あくまで俺の、〈家から外の問題〉でありたい。
「……なんでもない」
俺はちゃぶ台に背を向け距離を取り、ゆっくり文字を打った。
『ごめん! アクシデントで検索候補から変なの選んじゃったんだ! ホントだよ!』
この期に及んで、言い訳なんか浮かばない。素直に、正直に伝えることに、一縷の望みをかけた。
『そうなんですか。まあ、男子ですもんね……。
十一時なんで、私もう寝ますね』
そうだよね。よくてこんな返信がせいぜいだよね。やっぱり、芽依ちゃんは優しいなぁ。
ぐっすり寝て欲しいな。
……一連の出来事忘れるくらい。あーあ。
★次回『お姫様の優雅な朝……? Take2』につづく。
面白かった!という方は★・コメント・フォローよろしくお願いいたします。
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