第13話 お姫様の優雅な朝……? Take2

 本能で現実逃避しているのか、よく眠れた。一応マインをチェックしてみたが、世界線が移動して俺のメッセージが送られていない、なんてことはなく。バッチリ『ブラジャー』以下が残っていた。


 あーあ。とりあえず、あかねの家に……あ、今あかねいるんだった。


 冷凍していた食パンをトースターにセット。フライパンと水を張った小さい鍋を火にかける。フライパンに油を敷き、スーパー特有のトレイに入ったハムを二つ並べる。卵を落として固まるのを待つ間、無意識に考えが募る。もちろん、この後芽依ちゃんに会ったら、のことだ。

 どう釈明したもんか……正直謝る……いやあえて触れない方が……。


 ――ゴトン!


「わっ!」


 親父の部屋から大きな音がして、現実に戻る。

 当たり前だが、あかねだ。


「おい、起きたか?」


 ドアを開けると、敷布団の上の寝袋がまず目に入った。なるほど、数カ月まで知らないおじさんだった人の布団で直に寝るのは、ちと抵抗あるか。視線をドアの方へ移すと、こちらを頭にして力尽きているあかね。ちゃんと起きようとはしてくれたらしい。


「大丈夫、一人で起きられるぞ!」


 俺んちだし、俺の指導に従ってもらおう。構う気分にもなれないし、肩を叩いて諭す程度にとどめておく。時間もまだ余裕あるからな。

 台所に戻って、ミックスベジタブルとコンソメキューブを鍋に投入してスープを作る。料理はいいな。悩みを一時的にでも忘れさせてくれるもの。


「ううーん……」


 あかねの呻き声が聞こえ、衣擦れの音がすると、ドタドタと足音。

 忘れさせてくれるといえば、何か忘れている気がする。あかねが起きた時、俺もいつもどうしてたっけ……?


 ――ガチャガチャガチャ!


「なんだ?」


 金属のぶつかる鈍い音だ……。


「ああーっ!」


 コナンくんじゃないが、脳裏で一つの線ができあがる!


「あかね!」


 親父の部屋の前を見ると、脱ぎ散らかされたパジャマ。ということは!

 そうだ! あかねは毎度寝ぼけてるのか、パジャマをなぜか廊下で脱いで、それからシャワーを浴びに行く! しかし、ここは氷室邸とは勝手が違う!

 玄関を見ると、ブラとパンツだけになったあかねが、しきりに玄関のノブを捻っていた。


「ダメだー! 玄関は風呂場には繋がってないんだ!」


 何をごく当たり前のことを叫んでるのか。とにかく、たまたま手が当たってカギが開くとも限らない! 最悪街中ストリップだ! そんな痴女なお姫様はエロ漫画だけにしておけ!

 急いで羽交い締めにして玄関から引き離す。目に映るのは、白い肌、小ぶりなかわいい山と谷、清楚な水色のブラ&パンツ……。

 あーダメだ! ここまで露出してるとさすがに興奮しちまう!

 考えろ!

 そうだ、逆だ。裏返しにすればいいのだ。

 とっさのひらめき。俺はあかねと背中合わせになると、肘を絡ませた。そのまま、俺が百八十度回転すりゃいい。

 その体勢で、俺の尻であかねの尻を押しつつ、強制バックしていく。こうすれば、あかねの体を見ず、好きに移動させることができる。アタマいい~!

 洗面所まで来て、大きくヒップアタックをかましてあかねを押し込む。急いで戸を閉める。

 ガタガタと騒がしかったが、しばらくしてシャワーの音が聞こえてきた。

 ……あー、朝から何を疲れてんだ、俺。よし、気を取り直して、スープを温め直すぞ。


「あーーーーー!」


 と、台所に立てばまた大声。もー今度はなんだよ。

 ガラリ! と引き戸が開き、バスタオルを巻いたあかねが出てきた。

「み、見たでしょ!」


 目的語がないが、言わずもがなわかる。


「み、見てないことは、ないよ」


 そっぽを向いて答える。やばい。意識するあまり変な言い方になってしまった。これじゃ神経を逆なでしちまう!


「見たんじゃんそれ! 信じられない!」


 顔を真っ赤にし、目を閉じて糾弾してくる。

 待ってあかねさん、元を正せばね。


「それはごめん! 謝るよ! でも、でもね、転がり込んできたのはそっちじゃん!」


 鋭い目でじっと俺を見つめるあかね。頬がぷくっとリスみたく膨れる。


「何も言い返せない!」

「物わかりがよくて、ありがとうな」


 朝飯にしようよ、ととにかく話題を逸らしたい一心で付け加える。あかねは「ふん!」と言って洗面所に戻っていった。


「やれやれ……」


 深呼吸一つ。こういうドタバタがいつまで続くのやら。



 例によってあかねは身支度がかかりまくる。前髪が全然左に寄らない、コイツやっぱり意志を持ってるんだと、ワケのわからない妄言を吐いて、鏡の前を占拠。おまけに機嫌直らず。


「あかね、親父用の合カギ渡しとくよ。お前俺より早く帰るだろ」

「……ん、ありがと。フフーン♪」


 カギを渡すと、ムスッとしてたのがウソのように笑った。女子の機嫌スイッチはよくワカラン。

 あかねは駅方面、俺は歩きなので方向は正反対。

 あかねのことで時間を取られたとはいえ、普段より五分も早く出ることができた。朝の五分はでかいぞ。走らなくて済むしゆっくりゴミ出しまでできる。

 普段余裕がなくて遮断していた、小鳥のさえずり、木々の緑、マルスエの店内BGM。そういやレジのいつものおばちゃん誰かに似てるな、と思ったり。明るい気分になりかけてくる中で鎌首をもたげてくるのは、芽依ちゃんのこと。ホントにどうすっかな……。

 スマホが震え、こんな朝早くになんだろうとカバーを開く。陰キャ三連星のグループ、右京からだった。

『おい、早く来い!』


 立て続けに、佐藤。


『やべーことなってんぞ』


 ……冗談、のニオイがしない。なんだなんだなんなんだ。


「お! 今日は余裕じゃねえか! 早起きした方が気持ちいいだろ?」


 早足で学校に到着。

 米田先生に褒められるが、胸騒ぎがしてうれしくない。

 上履きに履き替えて、水を補給する必要なく、教室の引き戸の前まで来る。


「……」


 言われてみると、変な感じだ。

 静かすぎる。


「……おはよう」


 おそるおそる戸を開けると、個々に話していたみんなが、一斉に俺を見た。右京と佐藤も、固い顔をしている。

 何コレ、怖っ。俺? 俺が何かしたっての?


「……っ」


 あかねの顔が目に入る。何か言いたげで、でも口を噤んでいる、バツの悪そうな顔。


「すなおうじさ」


 あかねの隣、橋本さんが沈黙を破った。空気の理由を知りたいから次の言葉を待つ。



「あかねと付き合ってんの?」



★次回『噂と嘘と本心と』につづく。

面白かった!という方は★・コメント・フォローよろしくお願いいたします。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る