第14話 噂と嘘と本心と

「…………………………は?」


 他人がキョトンとするのを見たことがあるが、自分のキョトンを自覚するのは珍しい。


「昨日の夜、姫と仲良く二人でスーパーで買い物してたって噂、マジなん?」


 より具体性を持った問いが来た。

 固唾を飲んで、一軍勢もそうでないやつらも、全員が俺を見ている。

 そんな中、芽依ちゃんも、文庫本を開いたまま俺を見ていた。


 …………………………。


「……そんなこと、ありませんけど!?」


 俺とあかねが付き合ってる? はあ!? 冗談じゃない! 俺が付き合いたいのは芽依ちゃんですけども!

 とにかく誤解だ、誤解を解かなきゃ。

 誤解を解くにはどうすればいい? 決まってる、正直に言うしかない!

 俺は走って、教壇に立った。ダンッ! と叩いて注目を引く。五十六の瞳が俺を突き刺す。


「みんな聞いてくれ! 俺たちはかぞ」


 家族なんだ――と言おうとした瞬間、


「数えるほどしか話したことないの!」


 張り詰めた声。


「……えっ」


 二の句を取られた。

 気付けば、あかねが俺の隣に立っていた。ニコニコとした、お姫様スマイルマックスで。


「そうですよね、えと、なんでしたっけお名前。すな、すな……」


 わざとオーバーな仕草して、俺の顔を覗きこんでくる。

 いや、なんで邪魔してくるんだよ!


「だから――」

「……砂肝?」


 んなわけあるかい!


「そそそ、歯ごたえがいいんだよね~って焼き鳥じゃないから!」

「スナフキン?」

「そそそ、ハーモニカの音色が~って俺も今すぐムーミン谷に行きてえよ!」

「砂かけ婆?」

「そそそ、鬼太郎ファミリーのグランドマザーって妖怪だし年齢も性別も違い過ぎるし!」

「そのキレイな顔をフッ飛ばしてやる!!」

「スナイパーって言いたいのね!?」


 ゼェゼェ言いながらツッコむ。


 ……あれ、俺今なにやってるんだっけ? 落ち着いて状況を確認し――


 ――アッハッハッハッハ!!


 どっ、と空気が押し出される感覚。みんな「バカかよーー!」「何やってんの姫~」とケタケタ笑っている。

 そうだ、何あかねと漫才しとんねん。そしてそれがまた予想外にウケてしまってるやん。

 とりあえずみんなの様子を傍観をしていると、頭に昇っていた血が下がってきた。


 ……そうか、結果的には同じじゃないか。


 俺の一番の目的は、俺とあかねは断じて恋人ではない、と芽依ちゃんに伝えること。そのために、【俺とあかねは実は家族なんだ】と明かそうと思った。だが、あかねは【私と砂岡くんは話すことすらほとんどない他人だ】と、みんなに伝えようとしている。

 方向性は違うが、結局は「砂岡塔司と氷室あかねは恋人関係ではない」という着地点になるワケだ。


 ……だったら、ルールのこともある、あかねに合わせればいいか。


「思い出した、砂岡くんよね。そう、苗字もど忘れしちゃうくらいで。確かに昨日スーパーで会ったけど、ホントに偶然で。こんばんは~って、軽く話しただけだよね? あとちょっと昼間お話ししましたっけ」


 笑い声が収まるタイミングで、あかねが俺の方を向いて切り出した。ニコニコした目がほんのわずかに開いている。合わせろ、の合図。わかってるよ。


「あ、うん、そうなんだ。だから、噂の内容自体は間違いではないけど、別に付き合ってはないよ」

「そういうわけ。ホントなんでもないから。砂岡くんも、騒がせちゃってごめんね」


 しっかり俺と向き合い、お辞儀するあかね。俺も返すと、空気の緊張が一気に消える感覚があった。


「……ま、噂なんてそんなもんよね」

「大体すなおうじじゃ釣りあわねーだろ」


 拍子抜けしたみんなは各自自分の席に戻っていき、別々に話し始めた。いつもの光景だ。

 やはりあかねの力はすごい。影響力の意味でも、演技力の意味でも。しっかり俺に謝ったことで、あかねの言い分をみんなに信じ込ませた。

 よし! じゃあ俺も席に戻って、芽依ちゃんと個別に話してデマだとダメ押ししよう。


「………………」


 教壇を降りると、教卓を挟んで同じタイミングで降りたあかねが目に入った。

 あかねは妙に、悲しげに目を伏せていた。


 ――不可抗力とはいえ、姫のイメージ傷つけちまったかな。


「なんかごめんね、すなおうじ」


 橋本さんもただのあかねの腰巾着ではなく、ちゃんと感謝や謝罪をできる人だ。いや全然いいから、と返事をして、席に戻る。


「……」


 さて、真の問題はここからだ。まず芽依ちゃんに、『ブラック・ジャックになるはずが転生したらブラジャーだった件』から入らなくてはならない。


「あ、つ、土屋さんおはよう」


 あいさつするタイミングはここしかない。思い切って声をかけると、芽依ちゃんは口を手で押さえていた。目元でわかる、笑っているのだ。


「ふふふっ、おはようございます。すみません、ちょっとホントに、夫婦漫才みたいでツボに入っちゃって、ふふっ」


 実は結構ゲラなのかな? 笑う顔もかわいっ! て、そんな場合じゃねーわ! あかねと夫婦じゃ困るんだよ! 毒をもって毒を制すのとおり、『転生したらブラジャーだった件』はウヤムヤになったのは幸いだけどさ。


「いやホントに氷室さんとは偶然会っただけでなんの関係もないんだよ」


 無意識な早口。そして言っている途中で気付く。さも自分でも当たり前のように言っているが、これ、めちゃくちゃ大ウソついてることになるんだよな。本当はガッツリ二人でパン買いに行ったんだし……。

 いくらあかねのためとはいえ、これほどの大ウソは心苦しい。ウソも方便だし、許してくれる……よね?


「わかりましたわかりました」


 そう言うと、ふふふっ笑っていた顔が、すっと消える。


「でも、気を付けた方がいいかもしれませんね」


 思わせぶりな言葉に、黙って二の句を待った。


「噂を利用して誰かを操ろうって考える人も、この世にはいますから」


 ずいぶんと真剣な表情。教訓なのか、そういう経験があるのか……。


「……そ、そうだね」


 いずれにせよ、説得力のある口ぶりに、俺は相づちを打つことが精一杯だった。

「すなおうじ、大変だったね~」


 俺と芽依ちゃんの間に、割り込んでくる誰か。マジョだ。楽しそうな態度が見て取れる。人があたふたしてるのを楽しみやがってんな、コイツ。


「もう忘れてよ。ただの噂なんだからさ」

「ただの噂、ね……」


 目が鋭い。一瞬、すごく冷たい目で見られた……ような気がした。


「はいはい」


 問う暇もなく、マジョはニヤニヤした顔に戻った。



★次回『不機嫌なお姫様』につづく。

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