第15話 不機嫌なお姫様

 その日の夜。


「どうしてあんな噂が立ったのかなぁ」


 昨日作る予定だった鮭のバター焼きをつまみながら呟いた。半分独り言で、半分はあかねに向けた言葉。

 あかねからは何も言う気配なし。


「あの時のマルスエには、まず十代の人すらいなかったんだ」

「……別に、あんたのせいだとは言ってない」


 やっと口を開いたかと思えば、ぶっきらぼうな言い方。

 帰ってきてからずっとこの調子。目に見えて不機嫌。朝以上だ。


「壁に耳あり障子に目あり、ってことなんじゃないの?」

「……ねえ、怒ってんの?」

「いや別に、怒ってないけど」


 スマホを眺めつつ、そっぽを向いて答える。あーあ、このカンジ。


「……あのさ」


 俺には、朝の事件以降ずっと考えていることがあった。この調子だと切り出すのが怖い。だが、この機を逃すと余計言いにくくなりそうなので、俺は思いきって口に出した。


「やっぱり、俺たちが家族だって打ち明けた方がいいんじゃないか? 変な噂立てられるの、イヤだろ? だったら、先手打ってバーンっと言っちゃった方が……それに、俺が恋人より家族の方が『みんなから愛されるあかねちゃん』への影響も少ないと思うけど」


 実際そうだろう。もし恋人の方に誤解されたとしたら……誰かが『姫の彼氏っていうからどんなイケメンかと思ったら、なんか幻滅』なんて言う光景が目に浮かぶ。女子は同性の〈恋人を選ぶ能力〉も重視してそうだし。


 ……本音を言えば、芽依ちゃんに俺が誰かと付き合ってると誤解されたくないってことが一番なんだけどな。それは黙っとこう。


「いや」


 相変わらず俺の方を見ず、キッパリと拒否。


「なんでよ」


 あかねは箸の手を止めた。言葉を探しているのか、ただ鮭を見つめる。


「……あんたと家族だって公にしたら……それで『確定』しちゃうじゃん。私は『今の生活が気に入ってるの、崩したくないの』」


 なるほど。『今の姫ロールプレイに誇りを持ってる』と。それを支えたいからこその話よ。


「だからな? 繰り返しになるけど、みんなに恋人だと思われる方がイヤじゃないかってことで……」

「もういい! はい、この話はおしまい!」


 食べかけの皿を持って立ち上がり、台所へ行ってしまった。わざわざ洗い場で食べている。

 怒りに満ちているのが背中でわかる。

 うーん、なんか、噛み合わないなぁ。


「…………」


 食べ終わって居間に戻ってきたかと思えば、話しかけるなオーラ全開。俺ガン無視で、戸棚からホットアイマスクを出した。耳にかけて、俺に背を向けて横になった。

 ……なんだよ、と心の中で悪態を吐き、俺も黙って鮭をご飯でかっこんだ。

 トイレに行ったり洗い物したりして時間を潰して居間に戻ると、俺は俺でスマホをいじり始める。俺が自室に行くのは、避難してるみたいで癪だった。

 沈黙したまま動かず、時計の針だけが動く。俺は動画サイトで公式配信している、往年の特撮ヒーロー番組をイヤホン付けて見始めた。


「「…………」」


 一話まるまる観終って、約三十分。お風呂が焚きあがりました、と言う電子音声が、やたら大きく聞こえた。

 ちらっとあかねを見やる。やはり一ミリも動かず横になったまま。


「……風呂、入ったら」


 声を掛けると、あかねはのっそり起き上がった。ホットアイマスクの上に、いつの間にやら普通のアイマスクをしている。


「……これ」


 外して手渡される普通のアイマスクと、未開封のホットアイマスク。


「……ホットアイマスクの上に、また普通のアイマスクすると効くから、やってみ」


 ふうんと相づち。寝っ転がり、早速ホットアイマスクの包装を破った。

 言われるがままやってみる。


「アイマスクの上にアイマスク? そんな、変わらねーだろ」


 じんわりと発熱。温もりが広がり――


 ……ホワワッ!?


「温もりが隙間から逃げず、目を優しく包んでくれる! ちょっと熱いくらいがイイ! まるでこれは天使に『だーれだ?』ってやられているかのようだァ~!!」


 ヤバ、最初はゴテゴテしてて違和感すごかったが、やってみるとキモチイイ~!


 ――プゥ~。


 は??

 マジで??


「くっせえ! お前、オナラしたろ! ていうか音めっちゃ近かったぞ!」

「ダハハハハ! ウケる~! 鼻先にケツ向けられても気付かないでやんの!」

「小学生男子か! いや今日び小学生男子でもやんねーぞ!」


 バイナラ~とムカツク声音で、洗面所の戸が閉まる音が聞こえた。

 あーもうサイアクだよ。

 ……ま機嫌が取れりゃ、これぐらい屁でもねえか。文字通り屁だけど。



 そんなこんなで金曜の夜が過ぎ、土曜日。

 あかねは橋本さんら一軍女子グループとともにスイーツを食べに出掛けた。俺も右京佐藤とともに、夏休み中に行けなかったライダーと戦隊の夏映画を観に家を出た。

 日曜の夜、豆苗炒めを作っていると、マインのメッセージを伝える音。右京か佐藤がまたくだらない文言を送っているのかとカバーを開く。


「えっ……」


『明日の中休み、ちょっと時間ある?』


 ――マジョからだった。



   ◆ ◆ ◆



 月曜日。中休みに、俺は指定された場所、屋上にいた。曇り空の下、フェンスを抜ける風は涼しいを越えて少し冷たい。


「すなおうじ、急に呼び出してごめんね」


 マジョが先にあいさつ。その傍らには、事前に聞いていたとおり俺にとっては珍しい人が。


「ちょっと話があってさ」


 北大路奏――通称『プリンス』。あかね……姫の隣の、正真正銘の王子様だ。

 軽音楽部のギター担当。百八十はある長身に、甘いマスク。それはそれは演奏している姿がサマになると、関わりのない俺の耳まで自ずと聞こえてくる。

 中休みにわざわざ屋上に来る人はいないようで、俺たちしかいない。


「時間ないから単刀直入にいくけど」


 眼差しが強い。気迫に満ちた顔で、プリンスは続ける。


「だいぶ諦めたヤツも多いみたいだが、俺は氷室さん……姫のこと、本気で好きなんだ」



★次回『マジョの計らい』につづく。

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