第16話 マジョの計らい

「……はぁ」


 思わず間の抜けた返事が出る。

 衝撃よりも、困惑。そりゃあかねのことだから、好かれることもあるだろうさ。だけど、


「それをなぜ、わざわざ俺に?」


 ってことよ。


「先週の金曜日の朝、噂のことで二人で漫才みたいになってたじゃん? 妙に息が合ってるし、姫にしっかり合わせてんの見て、思ったんだ。砂岡も、もしかして姫のこと好きなんじゃねーかって」


 それが困るんだってのよ。


「いや、あの時、付き合ってないってはっきり言ったじゃん」

「片思いの相手の前で、事実と違うこと言って嫌われようってバカはいないだろ」


 なるほど。そう思われることもあるわけか。


「つまり俺が言いたいのはな、砂岡。もし砂岡にその気があるのなら、お互い疑惑持ったまま姫を『取り合う』より、ハッキリさせておくべきだと思ったんだ。どうなんだよ」


 より口調に、目に力がこもる。


「……」


 俺は、ただ頭に浮かんだ答えを言った。


「……好きってことは、ないよ」


 あかねは、家族だ。家族と恋愛する気は、一切ない。


「……そうか。誤解して悪かったな」


 ふっと、プリンスは険しい顔を少し緩めた。


「いや私も、そこ気になってね。直球で聞かなきゃ確かめられないと思って」


 終始見守っていたマジョがやっと口を開く。


「マジョは……」

「マジョは、俺の相談に乗ってもらってるんだ。橋本は姫を守るって感じで味方になってくれそうにないからな。マジョはタロットを使った占いができるんで、結構恋愛相談持ちかけられてんだぜ?」

「そういえば、タロットカードを机に広げているのを見たことがあったな」

「そういうこと。や、時間取らせて悪かったね」

「話は終わったし、戻ろうぜ」


 話は終わった。

 間違いなく終わったのだが、なんとなく、モヤモヤする。

 ……そうか、プリンスが『取り合う』と言ったからだ。まるで、あかねが意志を持たない物のように感じてしまったからだ。


「……」


 でも、そんなの言葉の綾だろう。俺のすることは別にない。プリンスがあかねを好きなら、そこを邪魔する理由なんて、あるはずがない。彼を受け入れるかどうかは、あかねが決めればいい。好きにすればいいさ。


「……戻るか」

「すなおうじ!」


 プリンスに続いて戻ろうした時、背中に衝撃。マジョに叩かれた。


「痛っ。何?」

「疑った代わりと言っちゃなんだけどさ……ま、自分でもお節介かなって思うんだけど」

「なんだよ、言えよ」

「芽依ちゃんとの仲、取り持とうか?」


 ……あれれ~?


「ちょ、なんで知ってんの!?」


 ふふん鼻を鳴らすマジョ。


「言っとくけど、あの体育祭の【便所前】の時点で、もうわかってたからね。私は」

「え!?」


 うわぁ、じゃあもう好きになった瞬間からバレてたんじゃん! 右京みたいに「コイツ、鼻息荒いなー」とか思われてたってこと? 恥ずかし~っ!

 ……でも、待てよ。マジョは芽依ちゃんの後ろ、俺の斜め後ろだ。近くに味方がいるってのは、いいことじゃないか? 現にマジョのおかげでアカ交換できたんだし。


「で、早速聞きたいんだけど……」


 促されるまま、聞かれたことに答える。


「OK! 任せといて」


 また背中を叩かれた。さっきより強いなオイ。


 そのまま昼休みを過ぎ、月一のロングホームルームとなった。


「本日の議題は、三週間後に控えた文化祭についてです」


 クラス長の川辺さんが教壇に立つ。いつもながらのハキハキした声。芽依ちゃんと同じ眼鏡っ子族で、見た目からして委員長然としている。


「先週のクラス会議の結果、事前に掲示したとおり一年A組は、一年生恒例のクラス研究展示と、屋台を割り当てられました。ではまず、研究展示のテーマと屋台の販売物を決める必要がありますが、どなたか意見はございますか?」


 静まり返る。まあこういうのは言い出しっぺが多少なり責任負うからな、言いにくいよな。もしこのまま沈黙が続くようなら、俺から『東京の地名の由来について』を出すか。以前、親父の仕事で資料集めしたことあるし。例えば、練馬は馬を飼育していたことが由来の一つとされており……


「あ、じゃあ、私いいかな?」


 マジョが手を挙げた。うん、我ながら東京の地名の由来は地味すぎるな。


「ペンギンについて、なんてどうかな? ペンギンなら万人受けしやすいし、雑学とか環境問題とかも盛り込めるし」


 なるほど! ペンギンは確かにこのクラスにはお似合いだ。なんせあかねを中心に回ってるようなモンだからな。


「それなら、屋台の方はペンギンの白と黒を取って、磯辺焼きなんかいいんじゃないかな。餅焼いて海苔巻くだけだし、簡単だろ?」


 プリンスが続く。流れは決まった。


「わかりました。ペンギンと磯辺焼き、もし他に案がなければこちらで決定となりますが?」


 一応の確認を終え、そのまま決定。元より案もなければ、異議もないだろう。

 そのまま、他薦自薦ありの係決めへ。


「まずは広報係ですが、文化祭実行委員会と協力して周辺住民の方へお知らせをしたり、当日玄関に立っての案内が主となります。学校の顔となる部分ですね」


 面倒そうな仕事だなぁ……と、全員が同じことを思ったようで、立候補はなかった。それを見計らったように、


「広報はやっぱりプリンスと姫じゃない?」


 マジョが他薦。……なるほどね。真の狙いはここか。

 プリンスはうやうやしく


「俺は構わないけど、姫は……?」


 と、問いかける。

 空気で察する。全員が、マジョの言い分に納得している。芸能人が美男美女で番宣するみたいに、姫とプリンスの姿を見てみたいと思っている。

 それがわからないあかねじゃない。


「ええ、もちろん、かまいませんよ」


 姫とプリンスのコンビに、おお~! と声が上がった。

 ……本来あかねはこんな面倒そうな仕事、イヤだと思うが……。そんなに、みんなに愛される姫でありたいのか。よくやるよ。本人が決めたんならいいけどさ。

 そこからは緊張も解け、ちらほら各係に立候補する人も出てきた。

 そんな中、


「では、次は展示制作係です。研究展示で貼り出されるレポートを制作したり、場合によっては展示小道具を用意するなどします。展示の要となる係ですね」


 はいまた無言。広報係と別のベクトルで面倒くさそうだもんな。簡単にレポート制作というが、方針決めから資料集め、さらに本文執筆まで、案外やることは多い。


 だからこそ、


「俺やるよ」


 俺が挙手。文章を書くのは苦じゃない。それに、親父の仕事の手伝いにくらべりゃ、金もかかってないから編集さんにも読者にも怒られない。気楽なものよ。


「じゃあ私も」


 振り向くとマジョが挙手。意外だ。ギャルがこんな地味な作業やりたがるなんて。


 ……いや、違う!


「それと、さっき話してたんだけど、芽依ちゃんも。芽依ちゃんめっちゃ読書家で、雑学もめっちゃあるから!」


 な、なるほどなるほど鳴門海峡! そういう手か!

 芽依ちゃんに視線を移し、返答を待つ。


「はい、こういう文章を書く仕事、やってみたかったので」

「わかりました。では、展示制作係はお三方で決定ということで」


 アアッ! マジで!?

 思わずマジョの方を見ると、無言でウインク。

 おま、プリンスから俺のアシストまでこなすなんて、食べ物に例えたら何にでも合う納豆だな! 染めた茶髪も納豆の色みたいに思えてきたぞ! 何言ってんだろうな!

 俺が内心感激している間に、係決めも終了。最後にミス&ミスターコンテストの投票用紙が配られてホームルームは終了した。


「ねえ砂岡くん」


 その次の休み時間に、芽依ちゃんの席にマジョが訪れていた。

 マジョが体を空け、芽依ちゃんが覗き込んでくる。


「放課後、時間あります? 早速打ち合わせしたいのですが」


 こんなの断れるはずないじゃん!


「も、もちろん! 正攻法で牛乳から蘇を作れるくらい時間ある!」

「例えがわかりにくい……」

 芽依ちゃんに呆れられつつ……。


 放課後。図書室に集まった展示制作係の三人は、円卓を囲んでいた。


★次回『好きな人にまた嘘を吐く』につづく。

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