第11話 シャッタードン

 はてさて。


「あーダメだ。お腹減ったけど作るのめんどくせー」


 力なく座り込む。疲れがどっと出て、ダルい。何かを切ったり炒めたり、最後は洗い物までするなんて、今は考えられない。今日買ったじゃがいもは常温で持つ野菜だし、鮭は冷凍しとけばいいし、今日何かしないと腐るものは幸いにしてない。けど、何を食うか。


「出前取ればいいんじゃない? ピザとか」

「えー、野菜欲しいしサラダ付けたら結構金かかるしなぁ」


 節約するに越したことはない。親父が収入の不安定な職種だったために、そんな貧乏性が染み付いてしまっている。おまけに金にルーズなところもあったから、自ずと毎日毎日家計簿を付け、一円単位で月の収支を出す習慣までついた。


「でももう八時半だし……」


 時計を見ながら思い出す。そういや親父の仕事の都合で夕飯遅れる時あったな、そん時どうしてたっけ?


「あ、そうだ。じゃあ、マルスエのベーカリーコーナーが九時になると半額になるから、それを買うってのはどう?」


 市販の包装されたパンではなく、マルスエが独自で作っているパンだ。スーパーのベーカリーと侮るなかれ、種類は結構豊富にある。


「うん、いいんじゃない?」

「よし、それじゃマルスエに着いたら連絡するから」


 財布とスマホを持って立ち上がる。

 ブラックキャッパーの時よろしく、どうせあかねは行かないだろう。


「は、何言ってんの? そういうの現地で選ばないと意味ないじゃん。私も行く」


 ……あれ?


「ちょっと待て。ブラックキャッパーの時は、新城学園の生徒に見られたらイヤだって拒否ったじゃん。半額パンを選んでるところを見られてもまだイメージダウンにはならないかもしんないけど、俺と一緒にいるところは、万が一にも見られたくないだろ?」


 俺と一緒に買い物してるところを見られたら、学校で他人ぶってることがおかしくなる。ルールを破ることになる、それは言い出しっぺのあかねが一番わかるハズだが。


「いやいや、今もう九時近くでしょ。商店街のお店かなりしまってるし、新城学園の生徒はいないと思う」


 確かに、商店街周辺は学習塾もない。個人商店が多い昔ながらのアーケードだから、夜八時頃にはかなりの店がしまっている。何度か夜に行ったことがあるが、マルスエやコンビニが開いているだけで人通りは少なく、郊外の住宅地の商店街とはいえそれはそれは寂しいもんだったっけ。


「それに、変装するし」


 変装? と聞き終わる前に、あかねはリュックからキャップとサングラスを取り出して、装着していた。グレーのハンチング帽に、丸サングラス。あまり女の子向けではなさそうなアイテムだが、やっぱり元がいいとそれなりに似合うんだな。


「トージ、あんたも念のため変装しなさい」


 抵抗するのが面倒だったので、親父のキャップとタモリばりのサングラスを装着。


「……うわ何それ、キモすぎ、プププーッ」


 案の定笑われた。鏡に映る俺は、悔しくも不審者そのものだった。ぬう、反論できず。


「あーもう面倒くせえよ! 早く行こうぜ」

「わかったわかった」


 玄関を開け、外へ。俺の家の周りは治安は悪くない。が、街灯が少なくて夜道は結構暗いのだ。あかねには、万が一にも何かあってはダメだ。美月さんに顔向けできない。


「そっち車道側だから、俺と位置変わって」

「あ、うん」

「……あと、俺の歩くスピード早かったな。ごめん、ゆっくり行こう」


 と言いつつ実は、夜にサングラスしてたら真っ暗もいいところで、ゆっくり歩かざるを得ないだけなんだけどな。


「大丈夫だよ……ありがと」


 ……なんだ、急にしおらしいな。いつもこんな感じならラクなのに。

 残暑の夜は、ほんの少し涼しくなっただけで、まだまだ暑い。

 十分ほど歩いて、アーケード商店街の入口に到着。さすがにアーケード内は街灯が多くて明るい。


「あ!」


 あかねが肩を叩く。痛えよ。


「アレ! あれ新城学園の制服だよね!」

「ホントだ!」


 遠目だが、チェック柄のスカートに白カーディガン、首からはネクタイが垂れている。この組み合わせは、間違いなく新城学園の生徒。ネクタイの色はよく見えないが、先輩か?


「えとえと、どうする?」

「サングラスズレてる! ちゃんと掛けて」


 掛けた後はどうすりゃいいんだ? 一応変装はしてるが、今考えると逆に怪しくて目立つ気がする。

 あわてる俺たちをよそに、どんどん先輩は近づいてくる。結構歩くペースが早い!


「とりあえず、お前だってわかんなきゃいいんだろ?」

「え、なに」


 俺は左側の閉まっているクリーニング店に、あかねを押しやった。向き合う形で、俺とシャッターであかねをサンドイッチにする。念のため、俺の右腕をあかねの目線に被せる形で立てる。これも壁ドンに当てはまるのだろうか? シャッタードン? まあそんなことはどうでもいい。


「……ちょ、近っ……!」


 あかねの白い頬がみるみる内に赤くなる。

 いや恥じらうところじゃないだろ! 俺だぞ? いつもお前のオナラの音を聞かされているどころか浴びせられている男ぞ?


「~♪」


 あかねと目を合わせてアイコンタクトを取りつつ、ちらちらと迫りくる先輩を警戒する。傍目には、ずいぶんおかしな方向にオシャレした謎のカップルとしか思われないハズ。

 しかし、当の先輩はよく見るとイヤホンをしていて曲にノッてるらしく、俺たちにははじめから目もくれず過ぎ去っていった。……ほっ、なんだ、警戒のしすぎだったか。


「……離れて」


 先輩の背中を見送ってから、あかねが両手で俺の胸を押し、突き放す。つっけんどんな、硬い声で。


「悪い悪い、とっさのことだったからさ」


 俺の言い訳を聞いているのかいないのか、帽子を被り直したあかねは早足で俺の前を歩き出した。やっぱり不可抗力とはいえ、俺に密着されるのはこたえたろう。俺も黙って三歩下がってついていった。



 マルスエに到着し、


「ちょっと斥候行ってくる」


 と、俺だけ入店。もし中にも新城学園の制服があったら、さっきの努力も水泡に帰す。

 店内をぐるりと見回すと、どうも杞憂だったようだ。そもそも店にいるのは、おばあさんとくたびれたサラリーマン、子ども連れの若いお母さんの四人しかいなかった。

 合図してあかねを招き入れると、まずはサラダやスープの副菜をチョイス。そして八時五十分を過ぎたあたりから、ベーカリーコーナーでパンを選びはじめる。


「ていうか、サングラスだと暗くてよくわからない……」

「それな……それに、帽子って被り慣れてないとすぐ頭かゆくなってくるよなぁ」


 結局、帽子とサングラスは外すことに。

 さてはて、バーガー系にするか、あとカレーパンは入れたいし、あんまりカロリーばっかり高いのもあれだしと少しばかり悩んで、チョイスしたパンをカゴに入れ終わったのはちょうど九時。

 あれ? 九時直前には半額のポップが置かれるはずだが、店員さんの気配がない。キョロキョロと見回すと、トングを持ったあかねの背後に、ポップを持った店員さんが立っていた。ゴーグルとマスクとネット付きキャップにゴム手袋の、顔も分からない完全防備。以前、新型コロナが流行した時からこういう姿の店員さんも増えたものだ。


「ホラあかね、邪魔になってる」


 引き寄せると、店員さんはゆっくりした動作でポップを置いた。



★次回『ブラック・ジャックがブラジャーに!?』につづく。

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