第24話 家族になった日、家族を超えた日

 きっかけは、あかねと美月さんのケンカに割って入ったことだった。

 四カ月前の五月下旬。すでに親父と美月さんの仲はかなり進展していて、家族ぐるみでの食事会も何度も行なっていた。その日、いつもどおり俺は美月さんの作った豚の角煮のお裾分けをもらいに、氷室邸を訪れた。

 しかし、ダイニングから聞こえてきたのは――


「どうしてパパの遺品を処分するなんて言うの!」


 あかねの張り詰めた声。


「聞いて、あかね。今のこの家に住み続けるにしろ、どこかへまた引っ越しするにしろ、物が多すぎるのよ。あかねも、引っ越しの時に思ったでしょう? パパだけじゃなくて、私の物も整理するし、ホントに大切な遺品はもちろん取っておく。それにね、いつまでもパパのことを引きずってても……」

「……新しいパートナーが、できたからって」


 凍るような、冷ややかな声。「豚の角煮もらいにきましたぁー」などとのんきに出て行けるワケがない。


「あかね、そんなワケないじゃない。パパはパパ、陽太さんは陽太さんよ」


 美月さんはあくまで冷静に、怒ることもなく諭していた。そんな俺は、二人の様子をダイニングの入口からそっと窺うことしかできなかった。

 だが、二人の間、テーブルに置かれたものが目に映ると。


「……あ!」


 思わず大声が出た。


「あら、塔司くん。角煮ならもうできて」


 美月さんの言葉が右から左へ通り抜け、一目散にテーブルへ。

「ちょ、これ! すごい、三十年以上前の戦隊のオモチャじゃないですか! どうしたんですか!」

「ああ、それ? ……学さんが、こういう特撮ヒーロー物が趣味でね。子どもの頃のオモチャを捨てずに取っていたり、集めてたりしてたのよ」


 なるほど、処分がどうとか言ってたのは、コレか。と、考えるより早く、口が動いた。


「捨てるなんてもったいない! 処分するくらいなら全部俺が預かります!」

「「ええ!?」」


 あかねも美月さんも、そのそっくりな円い瞳を見開いた。

 保存状態もいい。箱もついている。こういうオモチャは、中古屋にいくと軽く十万超えてくる。もちろん、転売なんかしない。金なんかより、特撮ファンには現物があった方がはるかに嬉しい。

 結局、「塔司くんが欲しいって言うなら」と、ごっそり持って帰らせてもらった。その時テーブルの上にあったのはコレクションの一部だけで、何回か往復しなければならなかった。その日は五月にしてはとても暑く、汗びっしょりで運んだから、よく覚えている。



「あのさ、あんたがこれ持っていった次の日のこと覚えてる?」


 あかねはおもちゃを静かに持ち上げながら、俺に視線を投げた。


「ああ、お前が俺の部屋に初めて入ってきた日だからな」



 その日は逆に、親父が美月さんとあかねをウチに呼んで夕食を囲む日だった。俺を部屋まで呼びに来たあかねは、机に向かいつつも課題をやっているでもない俺を疑問に思ったらしい。


「何やってるんですか?」


 と、聞いてきた。まだ、家でも俺にお姫様スマイルを見せていた頃だ。俺の方も、まださん付けで呼んでいた頃。


「昨日持ち帰った学さんのオモチャ、やっぱり一部壊れたり欠けたりしてる箇所があってね。接着剤とか使って直してるんだ。俺は器用じゃないから、あまりうまくできないけど」

「……へえ、そこまでしてるんですか。好きなんですね」


 近づいて、俺の手元を覗いてきた。


「うん。それもあるけど」


 手を止めて、あかねの方を向く。同意を求めて笑いかけた。


「もし、あかねさんがやっぱり引き取りたいってなった時、キレイな方がいいでしょ?」

「…………」


 あかねはまた円らな瞳を見開いて、しばし何も言わなかった。ポカンと驚いている顔。それが、妙に赤みを帯びてきて……


「……そ、そうだね。ありがと」


 かと思うと、なぜか背を向けた。

 今思うと、それからだ。あかねから敬語が消え、半開き姫の一面を見せ始めたのは。

 二人が再婚すると言って、あかねルールが制定されたのも――。


   ◆ ◆ ◆


「今ならママの言いたいことも、わかるんだけどね」

「……ま、親の心子知らず、子の心親知らず、色々あるってことさ」

「もうパパのオモチャは全部、トージの物でいいよ。価値のわかる人に持っていてほしいし」

「いいのか? ま、いずれにしろ補修は最近サボってたし、文化祭終わったら再開しないと」


 あかねはおもちゃを置き、立ち上がった。


「ホントに、あんたには世話なりっぱなしね。でも、もう私、大丈夫だから。自分のことは自分でなんとかするから」

「……ウソつけ、強がるな」


 笑顔だった。また作ってやがるし、今さら何言ってやがる。

 ダメだ。同じ轍を踏んでなるものか。

 今だ、今言わなきゃ。

 キョトンとしたあかねを前に、続ける。


「俺が、どうにかする。どうにかしてお前を救ってみせる。ただ一つ、許してくれ。俺たちが家族であることを、一人にだけ打ち明けさせてくれ」


 あかねと目を合わせる。

 ここで引いたら、意味がない。せっかく背中を押してくれた、あの人にも情けない。


「……わかった。あんたの好きにしていいよ」


 今度は、輝くような微笑みで。



 翌日の放課後。もはや文化祭は、三日後の土曜日に迫っている。が。


「ごめん!」


 PCルームに俺の言葉がこだまする。白い壁と天井に、声が吸収されていく。


「ちょ、ちょっと急にどうしたんですか!? 話があるって言ってましたけど、いきなり謝られても……」


 腰を曲げて、キッチリ九十度。土下座も考えたが、それはかえってやり過ぎだ。いかにも許してくださいと言わんばかりになる。その代わり、しっかり腹に力を込めて告げる。


「俺、砂岡塔司は、土屋さんにウソをついておりました!」



★次回『ウソをつく人は嫌いでも』につづく。

面白かった!という方は★・コメント・フォローよろしくお願いいたします。

※ここまでが前半部です。後半部からは土屋芽依とのやり取りが多くなります。

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