第23話 母さんの写真立て

「……マジョちゃんに、言われたの」

「え、マジョに?」


 ふとフラッシュバックする光景。そういえば、ミス&ミスター中間発表の日、階段の下で何か話してたな。その時のことか?


「なんて?」

「『すなおうじと何の関係でもないなら、彼の恋路を邪魔しないで。絶対に』って……」

「えっ……!?」


 ……どういうことだ?


 確かに、マジョは俺と芽依ちゃんの仲を応援してくれている。仲を取り持った上、俺に気を使って積極的に来ない、とまでしてくれている。

 だが、なぜそこであかねが出てくる? なぜあかねを牽制するんだ? 俺はあかねのことを好きじゃない、と明言したじゃないか。ワカラン……。

 ぐるぐる回る思考を一旦ストップ。とにかく今は。


「今までどおりが一番いいよ。変に距離取られても、俺がどうすればいいかわからないから」

「……本当に、それでいいの? またあんたにとってイヤな噂が立つかもよ」

「今回みたいにお前が倒れたら、まずそっちをどうにかしたくなるんだよ。土屋さんどころじゃなくなる。だからお前にはまず健康でいてもらいたいの」

「……そっか。わかった」


 目を閉じ、微笑んで頷く。声色は硬いがとりあえず、納得はしてくれたか。


「……お節介かもしれないけど、まだ何か悩んでるんじゃないのか。もう言ってみろよ。どうせ俺の好きな人まで知ってんだしさ」


 まだだ、あかねの顔には陰がある。もうこうなったら全部言うまで逃がさねーぞ。

 すると無言で頷いて、ポツリと漏らした。


「北大路くん、私のこと好きみたい」


 ありゃ、気付いてたか。そのとおり……とは、本人の沽券に関わるから言えんわな。


「それで、これもマジョちゃんに言われたんだ。『プリンスのこと好きな子は、ファンクラブに限らずいっぱいいる。でもね、みんな姫だから納得してるんだよ。わかるよね?』って」

「……え、それって!」

「そう。逆に言えば、北大路くんの好意を無下にしたら、何されるかわからないよってこと。高慢でイヤな女と思われるかもね。もう付き合ってるんじゃないかって、噂も立ってるみたいだし」


 そんなもん、脅迫じゃないか! いや事実、言い方に棘ありまくりだが、そういう構図になってるってことか……。

 しかし、その脅迫はマジョの独断なのか? プリンスとの共謀なのか?


「プリンスはその付き合ってる噂に対しては何か言ってるのか? やめてほしいよね、とか」

「噂のことには、一切触れてこないね」


 あかねの耳に入ってるんだ。北大路だって噂を知らないはずがない。黙認状態ってことか。

 その前に、ここで一番大事なのは。


「お前は、北大路のことどう思ってんだよ」


 あかねは唇を結び、うーんと一回唸った。腕を組んで、宙を見つめる。迷ってる様子だ。


「そりゃ良いところはあるけど、好きにはなれない。付き合いたくはないの。……実はさ、私、北大路くんに二回告白されてるんだよね」

「え、そうなの! 全然知らないけど!? あ、俺が疎いだけか?」

「違う違う。個人的なことで相手のいる事柄だから、トージも含めて誰にも言ってない。彼も言ってないんだと思う。一回目は五月の体育祭の後で、二回目は夏休み中にみんなで遊びに行った夏祭りの時。こういうの曖昧にするとよくないから、どっちもハッキリ恋人としては付き合えないって言ってるんだけど」


 俺が親父の仕事の手伝いでヒイヒイ言ってた時、そんなことになってたとは……。


「……なるほど」


 呟きつつ、頭を抱えた。みんなから愛される姫であり続けたいあかねには、それはキツい話だ。というか、北大路と付き合わないと最悪いじめの対象になりかねないって話じゃねえか。

 嫌われるのは簡単で、好かれ続けるのは難しい。突き詰めればそんなシンプルな結論。今のあかねは、一軍勢に囲まれて悠々してるかと思いきや、実は薄氷の上に立つが如し。無論、好きでもない相手と良い仲になれってのも、土台無理な話だ。人権無視にも程がある。

「にっちもさっちもいかなくなってるのか……」

 俺は空になったマグカップを置き、天井を仰いだ。



「……あー、ちょっと体スッキリしてきた。ねえ、お風呂貸してくんない?」


 唐突な言葉に、視線をあかねに戻す。声のトーンも明るく、平常運転。


「いや、この家だって風呂あるだろ。ウチよりでかい浴槽が」

「だって、浴槽使ったら洗わなきゃいけないじゃん。めんどいじゃん? するとシャワーしか使えないじゃん? 今まで、ていうか、別々に暮らす前もシャワーだけだったのよ私」

「いや使えないじゃんって……」


 まーた変な理屈こねるじゃん?


「わかったよ、好きに使いに来いよ。どうせ掃除するのに一人二人使ったところで変わらん」

「じゃあ早速行ーこうっと」


 かく言う俺も、最近はずっと面倒でシャワーで済ませてたんだけどな。


 砂岡家に移動し、風呂を焚く。あかねが風呂に入っている間、俺は自室であかねの置かれた状況を図にして紙にまとめてみた。

 図を見ながら、対策を考えてみる。

 例えば、俺がプリンスに「あかねは君とは付き合えないし、迷惑になっているから、身を引いてくれ」とお願いしてみるとか。

 ……ないわー。瞬殺却下だわ。そんなもん「砂岡は姫のなんなんだ?」となり、必然的に家族であることをバラすことになってしまう。仮にバラしたとしても、もともと赤の他人だろ家族ヅラすんな、とか余計こじれそう。

 フィクションならともかく、こういうリアルで人間関係の入り組んだ話、そもそもニガテなんだよなぁ。

 芽依ちゃんのことはシンプルだ。究極を言えば、芽依ちゃんが俺を、恋人に値する人と受け入れてくれるかどうかだ。……自分で言ってて、怖くなってくるけど。

 でも、あかねの場合は違う。プリンスがあかねを好きで、でもあかねはそうではなくて、そのプリンスのバックには多くのファンがいて、マジョが見張ってる。

 マジョもなぜそこまでしてプリンスとあかねをくっつけたがるんだ? プリンスもプリンスだ。二回告白して二回ともダメだったら、一旦距離を置くとかさ……。そういう俺はまず告白すらしてないけどな……。


 ――いかん、それは今はいい。とにかく、俺だけじゃ限界があるってことだ。


 助っ人を頼むしかないのか。仮に頼むとして、誰に?

 物事の本質を見極め、きれいに丸く収められる能力を持った人。頭のキレる参謀タイプとでも言うべきか。右京佐藤は人となりは信頼できるが、俺と同じくこういう問題を解決できる方じゃないし。


 そんな人、俺の周りに…………いる。

 でも、その場合、火中の栗を拾うもいいところだ。


「うわぁ、マジか……」


 考えれば考えるほど、しっくりくる。助っ人としてこれ以上の適任はない。けど、頼むということは、即ち嫌われる覚悟を持つということ。アーモー! 過去の俺のバカやろう!


「くそぉ!」


 耐えられなくなり、独りごちて自室をぐるぐる回る。


「…………ハァ」


 それにも疲れて、押し入れの前で座り込んだ。


 ――もーいーや! あーそぼっ!


 襖を開け、一つの大きなダンボール箱を取り出す。

 開けると、また鮮やかな色の箱がまた詰まっている。その箱の一つを手に取り、中のトレーラーを模したおもちゃを、慎重に両手で床に置く。

 一度手で畳の上を走らせる。グオオオオオ! イエ~イ!


「……フラッシュターン! タイタンボーイ!」


 特徴的なBGMを口ずさみながら、おもちゃを変形させる。なんと、赤いトレーラーの牽引車が人型ロボットに! いかすゥ~!

 ところどころ塗装の剥げたそのオモチャは、特撮ファンならすぐわかる、ある戦隊ヒーローの巨大ロボだ。俺が生まれるずっと前に売られていたそれは、ひょんなことから俺の手元へやって来た。


 フゥー! カッコイイなぁ~! やっぱり八十年代の戦隊ロボは、今にはない趣がある。

 よーし、次は白いコンテナの方を変形させ……



 ――パタン!



「わあっ!」


 思わず声が出た。乾いた音だ、何かが倒れたような。机から音がしたぞ。


「……あっ」


 立ち上がって確かめると、写真立てが倒れていた。立て直して、微笑んだ母さんが映る。


『塔司は、本当にヒーロー物が好きねえ』


 母さんの膝の上に座って、両手に持ったヒーローの人形で遊んだ。そんな、休日の午後の、なんてことない思い出。


『人間はね、素直が一番なのよ。だから塔司、いつまでも素直な子でいてね』


 母さんはよく俺の頬を揉みながら、そう言っていたな。


 ……わかってるよ、母さん。


 俺にはあかねのためにできることがあって、今、それから逃げている。


「トージ?」

「のわっ!」


 またびっくり。今度は背後のドアが開く。あかねだ。


「ちょっと! ノックくらいしてよ」

「ごめんごめん、だっていつもの居間にいるのに、いなかったしさ。……あ、このオモチャ、パパのでしょ?」


 あかねはしゃがみこんで、オモチャを触った。まるで慈しむように、ロボットの顔を見つめていた。


★次回『家族になった日、家族を超えた日』につづく。

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