第25話 ウソをつく人は嫌いでも
「……へ? ウソ? 何を? 原稿のことですか? あ、声はもっとひそめてくださいね」
リクエストどおりボリュームを下げる。しかし、しっかり伝わるように、声に芯を通して。
「……実は、氷室さんとは他人ではなく家族で、砂岡陽太は俺の父親です」
「…………はい?」
ずっと頭を下げていて、芽依ちゃんの顔は見えない。
声だけが聞こえる。上ずった、困惑にまみれた声だ。しばしの沈黙があっても、俺はずっと腰を曲げたまま動かなかった。
「……んー、とりあえず」
いつもの柔らかさはなく、硬い声。
「頭上げてください。座って、順を追って説明してもらっていいですか?」
俺は言われるがまま座り、隣の芽依ちゃんに何もかも話した。
あかねと自分が、親の都合で家族となったこと。あかねルールで、学校ではいちクラスメイトとしているが、家ではほぼ一緒に暮らしていること。付き合っていると噂が立った時、みんなの前で『家族』と打ち明けようとしたが、あかねに合わせ『他人同士』で着陸したこと。俺の父は翻訳家兼ライターで、新装版『星を繋ぐ者』の翻訳者であること――。
「……」
芽依ちゃんはずっと黙って聞いてくれた。途中、驚いた表情を何度か見せたが、口は開かなかった。
「……あの、一ついいですか?」
すべて話し終わると、点いていないパソコンのモニターに顔を向けながら、俺に一切振り向かずに。
「氷室さんのことは、彼女とのルールがあってウソになった、というのは納得できます。しかし、砂岡陽太さんを父親ではないと偽ったのはなぜですか?」
「それは……」
すっかり硬くなった声に、気後れする。口が重くなる。
もうウソはつかないと決めた。ついたって、良いことは一つもない。
しかし、今思いを告白するのも違う。自分のことで時間を潰している場合じゃない。
「……今は、詳しくは言えない。親父のファンだっていう土屋さんの気持ちに、ちっぽけなプライドのため答えなかった、とだけ。そして、それは自己中心的な考えだったと思って、今は後悔してる」
芽依ちゃんは無言で眼鏡の位置を直した。
また湧き上がる、安易に謝りたくなる気持ち。必死に堪える。
そもそも謝って済むことじゃない。行き過ぎた謝罪は、ただの自己満足だ。
「……わかりました。それで、どうして今、それを私に話そうと思ったんですか?」
拳を握りながら、その問いに答える。一歩も引くな。
「……氷室さん……あかねのためなんだ」
結果が出るまで一歩も引くなよ、俺。
「あかねは、今とても辛い中にいる。芽依ちゃんにとって、俺と同じくあかねもウソをついた人間だ。嫌いな人種だと思う。でも、助けを求めてるんだ。そして、俺だけじゃどうにもできなくて……。力を貸して欲しい。土屋さんだから、手伝ってほしいんだ。そこには絶対に、ウソはない!」
俺はまた立ち上がり、頭を下げた。謝罪ではなく、人に何かをお願いする時の礼儀として。
「お願いします!」
芽依ちゃんは、ゆっくり椅子ごと俺に向けた。
「…………ウソをつく人は嫌いです」
硬いを超えて、悲しげを帯びた声色。
当たり前だ。ウソは嫌いって知っていて、今の今まで正さなかったんだから。
失望されて、当然だ。
「……でも、正直な人と、自分じゃない誰かのために動ける人は、嫌いじゃないです」
「……え?」
それって――
「相殺ってことで、私でよければ話を聞きますよ」
顔を上げる。
いつもの芽依ちゃんが、そこにはいた。柔和で、知的で、優しげな、彼女。
「……ありがとう」
思わず椅子に座り込み、両手で顔を覆う。自然と手が濡れてくる。
ああ、ダメだ。止まらない。
「別に泣かなくても」
フフッと、笑いがお互いにこぼれた。
泣いてなんかない。
泣く姿なんか、見せられるワケないじゃないか。
「……涙じゃないよ。穴という穴から脳漿が出そうなだけさ!」
「発想が気持ち悪いです」
そりゃそうだ。
◆ ◆ ◆
「――それで、氷室さんは一体どういう状況なんですか? 表立って困っている風には見えませんが」
一旦空気をリセット。俺も涙……脳漿が止まり、思考を安定させる。
「端的に言うと、プリンスがあかねに好意を持っていて、マジョがその手伝いをしてる。二人はプリンスのファンを利用して強引にでも、望みを果たそうとしているみたいなんだ」
その詳細を、プリンスとマジョに呼び出された時の話から始めた。
「それで、マジョがね、あかねとのことを疑ったおわびに……」
アッ! アカン! このまま全部話したら、なし崩しで芽依ちゃんに告白することになってしまう! 待て待て、だから今はまだその時じゃねえ!
えーっと……
「……俺には好きな人がいて、お膳立てすると申し出てくれてね」
我ながら粗いボカシだな……。
だが芽依ちゃんは、そこには興味ないとばかりに、表情一つ変えずに腕を組んで斜め上、宙を見つめていた。そのまま、あかねがなぜ姫にこだわるのか、そして昨日体調を崩した理由まで、事細かに話した。
「……要は、北大路くんが自発的に身を引いてくれないと解決にならないワケですね?」
「そうなんだ」
さすが芽依ちゃん。紙に書いたワケでもなく、俺の話だけで本質を掴んでる。
「んー……」
と、一回唸った芽依ちゃんは、空中に何かを書くように指を滑らした。
「……根元から絶たないと……けど根はどっちだ……? 前提が間違ってる……?」
神妙な顔で、一人呟く。俺は思考する芽依ちゃんを涼しげな美人だなと、場違いと自覚しつつ見入っていた。
しばらくして芽依ちゃんは一人頷き、指を止めた。
「塔司くん」
「はい……ん? え、名前」
「あ、ごめんなさい。砂岡くんより塔司くんの方が、字数少なくて呼びやすかったから。気に障った?」
「と、とんでもないよ!」
言い方だけで深い意味はないかもしれないけど、親密感あってイイ! 心地よすぎるゥ!
「私のことも名前で呼んでもらってかまいませんから」
ちょ、マジでぇ!? 女神を名前呼びだってぇ!?
「い、いいの!? 芽依さん!」
「なんか、メイサンっていう海外の人みたいですねえ……」
ということは!
「め、芽依ちゃん……」
「それが一番ですかね」
内心の呼び方が表に出るとは……なんか恥ずかしっ! ええ、これから全部芽依ちゃんで呼ぶの? 俺なんかがそんなカワイイ呼び方しちゃっていいの!? いいんです!
「それでね塔司くん」
また引き締まった顔に戻り、俺もあらたまる。
「この絵図の中心にいるのは、氷室さんじゃないと思うんですよね」
「えっ?」
図りかねる言葉。あかねが中心じゃない? じゃあ、中心にいるのは誰なんだ?
「まず、氷室さんと塔司くんが、スーパーでどうのこうのと噂になった時あったじゃないですか。あれはデマではなく本当のことだったということですよね? その際の、場所と時間を詳しく教えてくれませんか?」
「それはいいけど……」
今さらスーパーの噂が、直接関係あることなのだろうか。しかし、芽依ちゃんが意味もなく聞いてくるワケはないか。俺は素直に、曜日と時間、マルスエの場所からその時の俺らの見た目まで話した。
「なるほど、すれ違った先輩以外は、新城学園の生徒には会ってないと。しかもこちらには眼中なさげだったし、一応変装もしていた。しかし、なぜか噂が立った」
「そうなんだ。マルスエの店内にも、十代の人すらいなかったしね。あといたとしたら、店員さんだけど」
「新城学園は原則バイト禁止ですしね……。その変装の帽子とサングラスは、ずっと付け続けていたんですか? 一度も外さなかった?」
「……いや、パン見にくいし頭かゆいからって、一回だけベーカリーコーナーで外したかな」
「その時、誰もいませんでしたか?」
「いない……あ、マスクとかキャップしたフル装備の店員さんが一人、いたよ」
「……なるほど」
ふむ、とあごに手をやった。
「ちょっと出てきますね。五時半までには戻りますから」
わかったと答えると同時に、芽依ちゃんはあごに手をやったままPCルームを出て行った。
さてはて。
時間にして約二十分。スマホをいじるのも悪いので、白い壁をじっと見ていたところで。
「裏が取れました」
そう言って、芽依ちゃんは戻ってきた。
……裏? ウラ? 浦島太郎?
早くもついていけなくなっている。芽依ちゃんには、一体何が見えているのだろう。
その詳細を聞くか迷ったが、やめておく。芽依ちゃんなら、必要とあらば尋ねずとも話してくれるだろう。俺に話さないということは、意図的に今は話さないのかもしれない。
「それで、確かめたいことがあるのですが、明日は遅くまで時間ありますか? 二十一時くらいまで」
「そんな遅くまで? ……うん、大丈夫だよ。なんとかできる」
芽依ちゃんを、信じよう。
★次回『これってデート!?』につづく。
面白かった!という方は★・コメント・フォローよろしくお願いいたします。
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