第26話 これってデート!?

 明けて、秋分の日。祝日の今日は、朝から文化祭の準備ができるよう特別に開校している。


「よし、一気に片付けちゃおうか」

「そうですね」


 昨日はあかねのことで手つかずになってしまったが、原稿はまだ残っているのだ。結局、環境問題についての原稿がまるまる二枚分。まだ修正が必要なペンギン図鑑の原稿だってある。

 今日PCルームが開いている内に大判プリンターで出力するまでやっておかないと、明日は全体準備で時間がない。

 マジョには右京佐藤の方を手伝うよう伝えておいた。右京佐藤側に、一つ頼み事をしているのだが、それを彼女は知らない。


「……うーん、やっぱ少し表現変えましょうかね」


 画面の前で呟く芽依ちゃん。デザインソフトに流し込んで実際に貼り出されるレポートの形にすると、直前になってアレが気になるコレも気になる、そうすると全体も共通して直した方がいいと、改善案がドバドバ出てくる。そういうものなのだ。それを取捨選択しつつ、プリンターでA1サイズ、長さにして縦八十四センチほどのレポートを、二十枚出力。


『マジョ、家の事情って、さっき帰ったぜ』


 途中、四時頃に右京からのメッセージ。手筈通り、すぐに芽依ちゃんに伝えた。

 そんなこんなで――


「よっしゃ!」

「終わりましたね」


 結局、PCルームが閉じる五時半直前に、レポートがすべて完成。あとは明日、文化祭直前に貼るだけだ。


「いやー大変だった。思ったより結構時間かかちゃったな……」


 夏休み明けてから三週間、やたら色々あったしな。


「じゃあ、気晴らしにどこか行きましょうか」


 ニコッと笑う芽依ちゃんに、俺も微笑みで返す。


「うん、そうだ……ね……」


 っておい。オイオイオーイ! オイスター!

 これ現実? 現実でいいんですよね? 現実で、いいんです!

 しかも芽依ちゃんから誘ってくれてるよ! コレって、もしや……デートに当たるんじゃないか……? 俺緊張であっぷあっぷしちゃうよアップデートだよ!? 何言ってんだろ!


「私、久しぶりに行きたいところ、あるんですよね~。そこでもいいですか?」

「もちろんだよ!」


 学校を出て、俺の帰路とは反対の東京方面へ。学校の最寄駅まで歩くと、駅前のカラフルな建物へ入る。

 電子音が鳴り響くそこは――


「……え、ゲームセンター!?」


 UFOキャッチャーにリズムゲームに対戦格闘ゲームと筐体が並ぶ空間は、紛う事なきゲームセンター。男子も女子も猫も杓子もきゃいきゃい楽しげ。


「芽依ちゃん、よく来るの……?」

「いえ、たまにですよ。ストレスが溜まった時とかに」

「そ、そうなんだ」

「イメージないですか? まあ普段はスマホゲームすらしませんからねぇ」


 たはは、と笑う芽依ちゃん。イメージないのは確かだけど、そんな話微塵も聞いたことがないことの方がショックだった。そりゃちゃんと話すようになってまだ数カ月程度だし、まだまだ知らない一面とかあるんだろうけどさ……。


「いつも何プレイするの? 俺ゲーセン全然来ないから合わせるよ」


 UFOキャッチャーかな? ファンシーなぬいぐるみを落とそうと必死になってる芽依ちゃん……それは確かにカワイイ。


「それは二階にありまして」


 階段を昇り、メダルゲームの筐体を横切って、芽依ちゃんの後を追った先には――


「お、おう……」


 おどろおどろしいムービーが流れる、一際存在感を放つ赤い箱型の筐体。手前にはケーブルで繋がれたレプリカの銃、そしてスクリーンにはゾンビが踊っている。もちろんこっちに口を半開きにして向かってきている、という意味で。

 迫りくるゾンビを撃ち殺しながら進んでいく、有名なガンシューティングホラーゲームだった。


「おう……」


 まだ面食らっている俺をよそに、芽依ちゃんは財布から小銭を出す。


「さーて、今日はどのくらい殺せるかな」


 なにその発言怖ッ! サイコパス殺人鬼の言葉じゃん!


「塔司くんもやりますか?」


 銃を構えて尋ねる姿に、正直やりますかが「りますか」にしか聞こえない。

 ……だが。


「もちろん!」


 逃げ腰でたまるかい。芽依ちゃんの勇姿をボケッと見てるだけなんてつまらん。共闘だ!

 俺も小銭を入れて2Pモードを選ぶと、ムービーが流れ、ゲームがスタートした。研究所のドアを開けると、ゾンビが我先にとわらわら出てくる。イヤな出待ちだなオイ。


「ヨシ!」


 鞄を足元に置き一丁前に銃を構える。やったろうじゃないか!


 ――アアッ! ムリッ!


 ……とっさに思ったのはそんな台詞だった。二コマ落ちもいいところ。

 思い起こせば、昔から反射神経が鈍いからこういうゲームは苦手。しかも今はスマホのポチポチゲーしかやってないのに、いきなりこんなアクションゲーム難しすぎる。そもそも勝手がワカランちん!


「よっ、ほっ」


 対して、芽依ちゃんは慣れた様子で、ゾンビを一撃一殺していく。構える姿もサマになっている。殺し屋みたいでカッコイイ! ……いやそれホメてないだろ。

 はじまって数十秒で、俺は芽依ちゃんの足を引っ張らないことに専念しはじめる。


「――あー……」


 しかし、やはり慣れないことで判断ミスばかりした俺は、あっけなくライフゼロにて退場。芽依ちゃんを孤軍奮闘させるハメに。それでも飄々とゾンビを撃ち殺しながら前進していく芽依ちゃんは、ついにイベントボス戦に挑んだ。


「おっとっと……!」


 さすがに苦戦しているようで、眉をひそめている。役に立たなくて、ごめんね芽依ちゃん。


「……この死に損ないがっ……!」


 そんな低い声出るの!? ていうか目つき怖っ! 嫌悪感満載じゃん!

 あ、でも……その目で見下ろされるのも悪くないかもゲフンゲフン。うん、ちょっとそういうのはもっと夜が更けないとダメだな。


「あー負けちゃった」


 結局ライフを使い切った芽依ちゃんは、ゲームオーバーで銃を置いた。


「ごめん、すぐ死んじゃって……でも多少は勝手が分かったから、次こそは……」

「いえいえ、大丈夫ですよ。すみませんが、私このゲームは一回限りと決めてますので」


 大きく背伸びして体を左右に揺らす。胸が強調され右へ左へ……ってそういう見方すな!


「ずーっとデスクワークでしたもんね今日。ちょっと体動かしませんか?」

 親指で示す後方には、薄暗いテレビゲームエリアから離れた、明るい遊技エリアのエアホッケー。


 うし! これならば!


 二人で鞄を傍らのベンチに置くと


「スッゲー久しぶりだなぁ~」


 何年ぶりかにスマッシャーを握る。

「私も久しぶりです。条件は五分、ですね」


 正対すると、いたずら小僧のような挑戦的な笑顔を見せる芽依ちゃん。

 小銭を投入すると台上の細かな穴から空気が上がり、マレットが浮く。よぉし、今度こそ!


「――いくよっ!」


 俺から放たれたマレットは、勢い余って縁にぶつかりZ字を描いて芽依ちゃんの元へ。


「ほりゃっ!」


 芽依ちゃんが打ち返し、一直線に俺のポケットへ。しかし、そこはキッチリ見極め、スマッシャーで一旦止める。そして、わざとマレットをすぐには打たず、タイミングを測る――


「……とうっ!」

「あっ!」


 鮮やかな軌道で、マレットは芽依ちゃん側のポケットに収まった。ガラン! と派手な音。


「うしっ!」


 まるで剣客の読み合い。そうそう、こういう駆け引きもエアホッケーの魅力だったよな。懐かしい……アッ。


「……むー」


 マレットを持ち、プクーッと頬を膨らませる芽依ちゃん。

 やだなにそれかわいっ! ハムスターみたい! 死ぬまで毎日見続けられそう!


「じゃ……本気、出しちゃおうかな」


 もったいぶった言い方で、芽依ちゃんはおもむろにベンチまで移動。そこでカーディガンを脱ぐと、腕まくりまでして台に戻る。

 意外負けず嫌いなんだなぁ……。よし、ならばこそ、一層俺も負けられぬ!

 また台を挟んで対峙する……。


「…………!」


 ちょっと待って。待とうか。


 ――だってよぉ、芽依ちゃん……胸が!


 カーディガンさんがなくなったから存在感を発揮しはじめた、たわわな胸が! ていうか、よく見たらうっすらブラも透けてる! 色はイエローかな? かわいいなァ~。

 じゃなくて!


「じゃ、行きますよー!」


 いやダメでしょ! その状態で行っちゃダメだし来ちゃダメでしょ!

 そうだ、マレットだけを目で追おう! そしたら見なくて済む! 失礼に当たらないし試合に集中できる!


「うおおおおおおおお!」


 ――案の定ボロ負けした。敗因:何度もマレットから目を離したため。



「あー楽しかった」


 ゲーセンの隣、ハンバーガーショップで一休み。ポテトを摘まんで満面の笑み。対して俺は罪悪感隠す苦しみ。なんでラップ調よ。


「うん、芽依ちゃんが楽しめたならなによりだよ」


 気の利いたことも言えず、俺は情けなさと良心の呵責でムリに笑うしかなく。


「……塔司くん、少し踏み込んだこと聞いてもいいですか?」


 コーヒーカップに口をつけていた芽依ちゃんが、ふと身を乗り出した。

 顔から笑みが消える。しかし無表情ではなく、真剣な面持ちで、瞳は力強い。


「いいよ。でも、もう芽依ちゃんには大分話したけど」


 俺もコーヒーを一口。口に広がるのは、独特の香りと苦み。

 芽依ちゃんはコーヒーカップを置くと、テーブルの上で腕を組んだ。俺を覗き込む。


「なぜ、私にウソをついたことをわざわざ告白してまで、氷室さんを助けるんですか? それは……本当に『家族だから』ですか?」


「……」


 そこを深く聞かれるとは思っておらず、口が止まる。

 けれど、不思議と戸惑いはない。しっくり来る答えが、俺の中にあるからだ。


「確かに、血を分けた家族ではないし、俺がそこまでする義理はないかもしれない。互いの親の連れ子同士であれば、婚姻だってできるからね。自分でも変な感じなんだ、家族でもあり、でも突き詰めればやっぱり他人っていう」

「……そうですね」

「でもね、そういう家族だの他人だのは結局、上澄みでさ。


 俺の根っこにあるのは、共に親の幸せを願ってきた、いわば一番近くにいる『同志』や『戦友』の気持ちなんだ。だから、あかねが悲しい思いをしていたら、俺はほっとけない。そのためなら、俺は多少の犠牲を払うに値する。シンプルに、それだけさ」


 自分で言っていて少し気恥ずかしく、思わず破顔してしまった。

 けれど、それは本当のことだからだ。


「……」


 芽依ちゃんは視線を落とし、またコーヒーカップを手に取った。


「でも、氷室さんは家族と思ってないかもしれませんよ。良い方の意味で」


 ふっと、漏らすような言い方に、一瞬掴みかねる。


「……家族ではない、好きを持ってるかもということです」


 それを察し、噛み砕いて言ってくれた。


「……いやぁ、まさか」


 あかねが、俺に好意を持ってる?

 屁を嗅がせてくるような女が? それはないぜ。

 片親で兄弟姉妹もいなかった俺たちは、程度の差はあれ、そのせいで寂しい思いをしたことがある。だから、甘えみたいのだ、お互いに。バカやって、笑い合いたいのだ。


「それはないよー」


 また笑う俺を、芽依ちゃんは少しも笑わず、黙って見つめていた。


「それも、一つの自己中な決めつけなのかも」

「えっ……」


 急ブレーキ。頭が混乱する。周囲のざわめきも聞こえなくなる。どんな顔をしているのか、自覚できない。

 硬直していると、芽依ちゃんは俯いた。自分の顔をコーヒーで映しているかのように。


「……すみません、他人がどうこう言うことでは、ありませんでしたね。今、それは置いときましょう。でも、老婆心で一つだけ最後に言わせてください」


 再び目を合わせて、告げる。


「友達も家族も恋人も、両者がそうありたいと思い続けなければ関係は変わってしまう。私は……友達でした」

「……」


 見ていられないほどの、悲しげな瞳。何があったかは分からない。でも、どんな辛い気持ちがあったかは、瞳を見ればわかる。

 ……何も言えなかった。励ましたところで、そんなものは白々しい言葉になるだけだ。


「…………八時ですか。では、そろそろ出ましょうか。もう少し、付き合ってください。氷室さん絡みのことで、マルスエで確かめたいことがあります」

「マルスエ? もちろんいいよ」


 ニコリと笑いかける芽依ちゃんに、目を細めて同意することしかできない。


 ――俺は、芽依ちゃんのこと、何にも知らないんだな。


★次回『月明かりにメイドは輝く』につづく。

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