第27話 月明かりにメイドは輝く

 午後八時四十分、俺たちはマルスエのあるアーケード商店街の端にいた。


「じゃあ、手順を説明します」


 芽依ちゃん曰く、確かめたいことのためには、マルスエではある決まった動きをしなければならない、とのこと。芽依ちゃんはわかりやすく順序立てて説明してくれる。

 だが、手段は知らされても目的までは不明。芽依ちゃんは話そうとしなかったし、俺も相変わらず話さないのなら聞かなかった。


「……OK」

「じゃ、いきましょうか」


 午後八時四十五分、決行。

 まず、マルスエに二人で入店。


「あれ、これ関西にしか売ってない菓子じゃないですか?」

「マルスエはもともと関西の企業だからね。特別に仕入れてるみたい」


 なとど、絶えず他愛もない話で談笑しながら店内をぐるりと回る。ただ、芽依ちゃんは会話しながら周囲に気を配っているようだった。


「……あのーすみません、よろしいですか?」


 ふと例のフル装備店員さんを見かけると、芽依ちゃんが話しかけた。


「……………………はぁぃ」


 声低っ! 体つきから女性じゃないかとは思ったけど、そんな低いの!? ていうかしゃがれてるし、風邪ひいてるんじゃ? 休んだ方が……。


「スティックタイプののど飴はどこにありますか?」

「………………二番レジ、の、横です………………」


 やっぱり苦しそうだよ!? 芽依ちゃんものど飴くらい俺に聞けばいいのに。


「どうもありがとうございます。じゃあ塔司くん、行きましょうか」

「う、うん……」


 その後、芽依ちゃんだけチョコとのど飴と例の関西しか売ってないという米菓子を購入し、店を後にする。この時、あいさつをして、完全に別れたフリをする。

 俺だけ店内に残り、引き続き商品を物色。実際、九時になってオジサンの店員さんがプレートを置くのを見計らって、夕食用に例のベーカリーコーナーのパンをカゴに入れておいた。そのまま別命あるまで店内で待機。

 九時二十分。芽依ちゃんからメッセージがあり、レジを通ってマルスエを退店。

 言われた場所へ芽依ちゃんを迎えに行くと


「……芽依ちゃん??」


 彼女は汚らしいビルの隙間に挟まっていた。太い雨どい用の配管に顔が隠れ、しかも暗がりでよく見えず、一回素通りしてしまった。声を掛けられてあわてて巻き戻すほど。

「ありがとうございます。確認できました」

 俺の何やってんのとの眼差しと対照的に、芽依ちゃんは神妙な顔であごに手を置いていた。


   ◆ ◆ ◆


 夜はすっかり更け、十時過ぎ。


「すみません、電車賃くらいなら払いますよ」

「いいよいいよ、もともと芽依ちゃんを巻き込んだのは俺なんだからさ」


 板橋区の先、見知らぬ埼玉県の土地で、俺は芽依ちゃんの隣を歩いていた。人通りは少ないとはいえ、暗い夜道を芽依ちゃん云々の前に女子高生一人で歩かせるワケにはいかない。


「……」


 ゆるい坂に差し掛かったところで、ふと他愛のない会話が途切れた。


「塔司くん。氷室さんのことです。……抽象的な言い方になりますが、これから何があっても、私を信じてくれますか?」

「信じる」


 あらためて考える必要なんてない。


「……すみません、自分で言っておいてなんですけど、どうして信じてくれるんですか?」

「あの日、濡れタオルをくれたから。それだけで信じるに足るよ」


 あの日の濡れタオルほど、冷たくて気持ちいいものはなかった。その思い出だけで、芽依ちゃんの人格ごと信じるに値する。


「……そんなに食い気味に答えなくても」


 ふふっと小さく笑った。


「塔司くんが初めて話しかけてきた時のこと、私はいまだに鮮明に覚えてますよ」

「えっ!? い、いやあれは……!」


 ちょ、急に拷問やめてよ! のっけから失敗してるんだよなぁ俺。

 俺のリアクションにくすくすと笑いながら、芽依ちゃんは続ける。


「私、あの時、夏目漱石の『坊っちゃん』を読んでいて。そしたら、突然『坊っちゃんって、いいよね!』って声が聞こえたから、何かと思ったら塔司くんがいて。私が何か返答する前に、『ラストの生卵ぶつけるところが、滑稽でさ!』とまで言い始めて……」

「ご、ごめん……」


 本当に、とにかくなんでもいいから話をしたかった。そればっかり頭にあって、何一つスマートにいかなかった。


「さらにそこからですよ。『ごめん! ネタバレしちゃった!』って。私もやっと『いや、読み返してるので知ってますし、百年以上も前の古典小説にネタバレも何もないですよ』って言えて」


 芽依ちゃんはまだくすくすと笑っている。カワイイからこそ、拷問だ。


「おかしな人だなぁって思って、私もちょっと興味が出てきて。『同じクラスになったのも何かの縁ですから、お互いにいい友達になれるといいですね』って握手求めたじゃないですか。そしたら……」

「……覚えてるよ。『今、俺の手がとてもきれいである自信がないから洗ってくるね! ちょっと待ってて!』って、教室から出てったよね」

「ホントにもう、なぜか私、放置プレイされて。内心『ええ~……』って。手も引っ込められないし」

「いや、ごめん! ホントに他意はなかったんだ!」


 俺は思わず立ち止まり手を合わせた。本当だ、俺の汚い汗を芽依ちゃんに付着させたくなかった。テンパってたとはいえ、そこにウソはない。

「わかってますよ。その後ちゃんと握手交わしたじゃないですか」

 芽依ちゃんは少し先のY字路で立ち止まり、振り返った。


「ここで大丈夫です。私の家、すぐそこなので。ありがとうございました」


 かわいらしい手が揺れる。ポンプのように、心が満たされる。


「また明日、学校で」


 ――きれいだなぁ。

 月明かりはすべて、芽依ちゃんのためにあると思えた。


★次回『眠り姫は可愛くない』につづく。

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