第30話 すなおうじはメイドを信じる

「だってあの人、地味な上に何も面白くないんだもん。まだ顔がいいなら許せるけどさ、顔も優しいっていうより特徴のないボンヤリした顔面だしさ。それに気持ち悪いのが、普段は大人しくしてるクセに、私と話す時だけ饒舌で変に知識振りかざしてくるんだよね。ウザいのよコレが。気を引きたいのかね? だったらまず寝ぐせとか直して来いっての。

 ま一応、私も外聞よくしときたいから、一緒に仕事したり、遊んだりしてたんだけどね~これがまた使えないっていうか見栄張ってダサイっていうかさ。俺の親父は文筆業で仕事手伝ったことあるとか言っといて、原稿書くの遅れてんだよ? なんのために自慢してきたの? 終わって、ちょっと気まぐれにゲーセンまで遊びに付き合わせてみたら、『芽依ちゃんに合わせるよー』って、主体性がないだけじゃんね? イライラするわぁ~。

 あとこれも聞いてほしいんだけど、あの人何様か知らないけど『私に眼鏡かけた方がいい』って謎のフェチ告白して勧めてきたことがあって! 『気持ち悪っ!』って言いかけたよ。耐えたんだよ、気を遣ったんだよ、私。その後だよ、本人は操作ミスって言ってたけど、急にマインで『ブラジャー』って送ってきて! セクハラで泣いていいレベルだよね! 泣くのも癪だったから、平静装っといてやったけど!

 極めつけは、ゲーセンのエアホッケーでカーディガン脱いだ時! なんか様子が変だなって思ったら、私の胸チラチラ見てきてんの~! あの気持ち悪い視線にもっと早く気付くべきだったわ。気付かれてないとでも思ってるのかな。だとしたら最悪にキモいけどね! あいつの頭の中ではもっとひどいことになってるんだとしたら、それこそ身の毛がよだつ思いだわ。ゾッとする。死んだ方がマシ。

 あーやだやだ。次の席替えまで耐えられない。てか、席替えしてもついてきそう。もういっそ完全に無視しようかな。ああいう陰キャ、何してくるか分かんないのが怖いけど」



 …………………………………………………………………………………………………………!



 もう、やめてくれ。

 やめてくれ!

 俺が悪かったし、一切関わるのやめるから、もう口に出すのはやめてくれ!

 額を床に付けてうずくまる。俺はそれを伝えに行こうと、床に手を突いた。


[これから何があっても、私を信じてくれますか?]


 ……違う。まだ、『出てきてください』の言葉は、ない。まだここにいる時だ。

 ――信じろ。俺がブレるな!

 あかねは俺を信じ、俺は芽依ちゃんを信じると約束した。俺は今、あかねの気持ちまで背負ってるんだ!

 芽依ちゃんが、ただのストレス発散でここまで悪口を並べ立てるとは思えない。絶対、何かあるハズだ!


「あーあ、北大路くんの隣がよかったな。マジョちゃんも今の話聞いたらそう思うでしょ?」

「……どうして」


 ……あれ? 涙声?


「どうして塔司の良さがわからないの!? どうしてせっかく塔司のためにお膳立てしたのに、そういうこと言うのよ!?」


 机を叩く音。図書室に響き渡るほどの声。

 なぜ、なんで泣いてるんだ、マジョ。


「……そう」


 芽依ちゃんの声色が、また一つ変わる。真剣な声。文字通りに切ってくるようで。


「塔司くんが私のことを好きだと知っていて、彼と私をくっつけようとした」


 ……やっぱり、そうだよね。

 心の底では、わかっていた。自分でそれに気付かないよう、フタをしていただけだ。だって、あかねにもマジョにも右京佐藤にもバレてんだもん。俺が芽依ちゃんに好意を持っていて、でも当の本人はそれに気付いてない――なんて考え、ご都合主義もいいところだ。

 好きな気持ちを隠して仲良くなる。そんな器用な芸当、俺にできるワケなかったんだ。


「事の発端は、仲良さげにスーパーに来た塔司くんと氷室さんを、あなたが目撃してしまったこと。学校では一切そんな素振りがないのに。だからまず、二人が付き合ってると噂を流し、どんな仲なのか反応を探った」


 え? でも、あの時スーパーには……


「塔司くんはその時間、店内には十代の人すらいなかったと話してました。でも、一人だけいた。アルバイトの店員として。それが、麻上さん、あなただった。あなたはあなたで、アルバイトしていることを秘密にしておきたい事情があった。素直に言えない何かが」

「……その話、何の根拠もないじゃない」


 芽依ちゃんに対抗するかのように、マジョの声が強ばる。


「おととい、塔司くんと件のスーパーに行った時、見たんですよ。店の裏、従業員用の出入口から出てくる麻上さんを。それで、生活指導の米田先生に『新城学園は原則バイト禁止ですよね』と報告しました。そしたら、『今度、店に問い合わせてみる』って」

「ほらデタラメじゃん。ちゃんと申請書は出して……」

「バイトしていることは認めるんですね? アルバイトは片親等の経済的事情があれば特別に認められる。麻上さん、片親って言ってましたものね」

「……そうよ。でも、マルスエでバイトしているかどうかの証拠にはならないでしょ」

「そう、マルスエ。塔司くんは氷室さんとマルスエに行ったと話してました。でも、噂の内容でも私の今の話でも、スーパーというだけで、店名は出ていない。それを知っているのは、塔司くん氷室さんと私、そして噂を流した人だけ」

「……だ、だからって、チェーン店なんだし、噂のマルスエかどうかは分からないでしょ!?」

「調べました。マルスエはもともと関西発祥のスーパーマーケットで、関東には五店舗ありますが、東京にあるのは板橋区の一店舗のみです。ここから一番近くでも千葉県千葉市の店舗です。電車で一時間以上かけてわざわざそこまでバイトしにいくんですか?」


 どこまでも冷静な声。ゆっくり、確実に、逃げ道を塞いでいく。


「…………」


 思いがけない言葉の連続だからか、マジョは黙ったままだ。俺だって、ついていけてない。


「そして――」


 芽依ちゃんは淡々と続ける。


「登場人物は五人。氷室さん、北大路くん、私、あなた、塔司くん。


 そして、あなたが描いた絵図の中心は、塔司くんだった」

 俺? 中心? どういうこと? 俺を軸に物事が回っていたってこと?


「あなたが噂を流した結果、塔司くんと氷室さんは『赤の他人同士だ』とみんなに主張した。仲の良い二人の様子を実際に見た麻上さんからすれば、赤の他人であるはずはない。つまり何らかの理由で、もともと親密な間柄ながらも学校では赤の他人のフリをしている、との結論になる。ただ、塔司くんの否定の必死さ、普段の様子から見て、やはり彼が好きなのは土屋芽依だと確信した。少なくとも塔司くんの方から氷室さんへの好意はないとハッキリした。

 しかし逆に、氷室さんは塔司くんをどう思っているかはわからない。

 ここで、自分から具体的な行動に出ることにした。塔司くんの恋路を成就させるため、彼へのお膳立てと同時に、不安要素の動きを止めること。ただ、お膳立ての方法は思いついても、氷室さんをどう止めるかが課題だった。

 そこで、以前から相談を受けていたのかあなたから持ちかけたのか、北大路くんに白羽の矢が立った。加えて、氷室さんが『みんなの前で赤の他人同士だと宣言した』ことが、あなたにとっては好都合だった。彼女に『塔司くんと何の関係もないのなら、彼の恋路を邪魔せず身を引け』と言える、大義名分が立つから。極めつけに北大路くんのファンの反応を利用して、氷室さんを彼に釘付けにすることに成功した。――結局北大路くんも、実際協力してはいたのだろうけれど、その実は塔司くんと私の間を邪魔させないために利用する駒でしかなかった。

 あなたの企みは、うまく行った。みんなから愛される姫でいたい氷室さんの性質を見抜いていたから。氷室さんが追い詰められて、倒れてしまうほどに。

 ……簡潔にまとめて言うなら、麻上さんは塔司くんの恋路を叶えるために、本人の意志すら無視して露払いをした、ということですね。違いますか?」


「……すごいね。探偵みたい。そこまでお見通しなんだ」


 自嘲も混じっているマジョの声。ハァ……とため息も聞こえる。

 でも、なんで。どうしてそんな暴走をしたんだ。俺なんかのために。


「そこまでしたのは……麻上さん、あなたが塔司くんを好きだから」


 …………は?

 マジョが、俺のことを好き?


「ここまで周到に事を運ぶのなら、私に塔司くんの良さをアピールするなり、彼のために私の情報を聞き出そうとしてくるはず。けれど、あなたは二人の場を作るだけで、それ以上のことはしなかった。それが意味することは何か。

 ……好きな人の恋路を応援するほど、残酷なことはない。塔司くんを好きな気持ちにまで、嫉妬にまで、ウソをつけなかった……そうでしょう?」


「……ホントに、怖いくらいお見通しなんだ」

「キッカケは、五月の」

「そう。体育祭のソフトボールの決勝戦」


 俺が、芽依ちゃんを好きになった日だ。


「……気付いてたの?」

「……そこは、理屈ではなくて、なんとなく。女の勘、っていうのは大袈裟ですけど」


 ――好きになった日。それはじっとりと、蒸し暑い日だった。



★次回『魔女は王子に魅せられて、王子はメイドに恋をする』につづく。

今回は長台詞を入れてみました。

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