第29話 図書室の本棚の裏で

「――あ! ママー、ペンギンさんだよ!」


 早くも、近隣住民の方かどなたかの親族か、小さな男の子を連れた女性がご入場。


「こんにちは! ボク、ペンギン好き?」


 しゃがみこんで問う芽依ちゃんに、


「そんなんでもなーい」


 ないのかよ。子どもってそういう気まぐれなところあるよな。しかし、芽依ちゃんは「アハハ、そっかー」と見事にいなしつつ。


「ボク、知ってる? コウテイペンギンさんは五百メートル以上も深く潜れるんだよ。東京タワーをさかさまにするより深いんだ」

「えーすごーい!」


 途端に目を輝かせる少年。すごい! 俺には到底マネできない。

 芽依ちゃんのこなれた姿はもうすでに母性すら感じる。もし芽依ちゃんが家庭を持ったら、こういう光景に……アッ! ピピーッ! イエローカード! なに考えてんだ! それはさすがに気持ち悪すぎだぞ!


「あの……このレポートは、どこかの記事をプリントアウトしたの?」


 気付いたら、俺の元へは親御さんの方が来ていた。


「はっ! いえ、自分たちで資料集めから行い、テキストファイルで本文を作成した後、学校の大判プリンターで出力しましたっ!」


 変にかしこまってしまった……軍人か俺は?


「自分たちで全部やったの? へえ、すごいわねえ」


 別にすごくはない。慣れてるかどうかの話で、誰でもできることだ。パソコン疎い人はちょっと使えるだけですごいって言うしな。低いハードルのすごいだ。


 ……でも、やっぱり認められるって、嬉しいもんだ。



 なかなかの人が来場し、対応に追われている内に気付けば午後一時。右京佐藤と交代。ついでに着替えようとしたが「いやそれじゃ宣伝にならんだろ」と止められ、このまま企画を見に行くハメに。芽依ちゃんまで右京側に立たれたら、着替えはできぬのよな。

 芽依ちゃんは図書委員の友達を手伝いにいくというので、邪魔するのは悪いから、俺は一人ペンギンの格好のまま鉄道研究会を覗いたり落研の公演を観たり。その度、奇妙な目を向けられて、もう途中から開き直ってきた。


『ミス&ミスターコンテスト、最終結果発表ー!!』


 ハイテンションの声に、ふと廊下で足を止めて、二階の窓越しに見下ろした。ちょうど真正面、特別セットが組まれた中庭では、燕尾服を着た先輩二人が司会をしていた。

 けたたましい効果音とともに、ミスとミスターが、交互に五位から紹介されていく。

 もちろん、結果は見えている。


『そして堂々の第一位! 新城学園のミスは、やっぱりこの人だ! 氷の国の、みんなのお姫様! その名は……一年A組、氷室あかね、だー!』


 制服姿のあかねが、まるでファッションモデルのように袖から壇上の真ん中へと歩み寄る。

 そしてミスターは、やはりプリンスこと北大路奏。そりゃそうなるわな。驚きも何もない。

 並んだ二人は、黄色い歓声を受けながら、マイクを向けられる。


『今のお気持ちは?』

『……北大路くんと並んで選ばれたことを光栄に思います。そして、投票してくれたみなさん一人一人に、感謝を申し上げます』


 フゥー!! と、一段と声が上がった。常套句で面白いこと何一つ言ってないだろうに。あかねの微笑みにどんな辛さが隠されてるのかも、知ろうともしないで。

 そういう俺にできることは……。


『ミスとミスターのお二人には、この後、体育館でのレクリ企画で司会を務めていただきまーす!』

「……クソッ」


 背を向ける。耐えきれず小さく漏らしてしまった。

 ――不意に、ヴヴヴと震えるスマホ。


『氷室さんのことで、十五時五十分に、図書室に来てくれませんか?』


 何度でも言い聞かせる。――俺がブレるな。


   ◆ ◆ ◆


 言われたとおり図書室に行くと、先に来ていた芽依ちゃんが神妙な様子で出迎えた。俺も芽依ちゃんもペンギンフリースのままだったが、お互い一切笑みはこぼれない。空気で、顔つきでわかる。詳細は不明でも、芽依ちゃんが覚悟を決めて何かをやろうとしていることが。


「塔司くん、あちらの本棚の裏で、私が『出てきてください』と許可するまで待機していてくださいませんか。音も一切立てないように、スマホも電源を切って下さい」


「わかった。それだけでいいの?」

「それだけでいいです。……くれぐれも、私が『出てきてください』と許可するまでは出ないでくださいね」


 念押しに再度「わかった」とだけ返し、俺は指定された本棚の裏へ。怖いほどの表情と気迫が気になり、待機する直前にちらりとだけ窺う。本棚の前の閲覧用テーブルで、芽依ちゃんは誰かを待っているようだった。

 図書室は俺たち以外、人の気配なし。図書委員が文化祭で一般開放される際に書庫行きになっていた古雑誌や書籍を無料配布している関係で、委員以外入れないようになっている。司書さんも文化祭中ばかりは不在だ。

 そもそも、一日目の一般開放を終えた今は、体育館で生徒だけで楽しむレクリエーション企画が行なわれている。みんなそこに行っているのだろう。


「……」


 本棚の陰に紛れて、無言で座って待機。スマホも電源を切ったため時間すらわからない。待機して何分経っただろうか……。


「お待たせー。で、芽依ちゃん、話って何?」


 この声は……


「マジョちゃん、急に呼び出してすみませんね」


 確かに、この軽やかなしゃべり方、甘ったるい声。マジョだ。

 椅子の擦れる音が聞こえる。マジョが芽依ちゃんの前にでも座ったのだろう。


「話というのは……砂岡くんのことで」

「すなおうじ? てかあらたまってどうしたん? 名前呼びしてたじゃん、仲良さげにさ」


 いつもより砂糖三倍増しくらい甘ったるい声色。さぞ顔もニヤついていることだろう。からかいたいのが伝わってくる。

 でも確かに、急に苗字呼びに戻してどうしたんだろう。それも気になるが……あれ、マジョの前で塔司くんって呼んだ時、あったっけ?


「私、実はさ」


 対して、芽依ちゃんも今までとは違う声色。聞いたことのない、鉄のごとく重い声。

 俺の存在を隠してまで、ただの女子トークを聞かせたいワケではないだろうけど……。推測もできず、合図までただ待つ。

 とはいえ、これでいい。俺は芽依ちゃんを信じてるから、何があろうと待機していれば――



「あの人の隣、イヤなんだよね」



「えっ……」


 マジョと同じ反応しそうになって、口を押さえて必死に堪える。力いっぱい息もできないほど強く――


★次回『すなおうじはメイドを信じる』につづく。

面白かった!という方は★・コメント・フォローよろしくお願いいたします。

※今回より1日1話更新になります。

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