第28話 眠り姫は可愛くない

 埼玉からまた板橋区に戻り、なんだかんだ家に着いたのは零時も近い頃。


「あれ!?」


 家の電気が点いている。点けっぱなしで出てきちゃったのか? いや、そもそも朝は自然光で、電灯を点ける必要がない。

 泥棒じゃないよな、などと思い慎重に玄関のノブを回してみる。カギは掛かっている。

 居間に来て、灯りの理由がすぐ分かった。


「……なんで?」


 あかねがまた腹を出して、グースカ寝ていた。しかし、どうやって入って――


「あ、そっか、そう言えばカギ返して貰ってなかった!」


 そうなのだ。気が抜けてその場で座り込む。なんだ、不安がって損した……。

 見ると、ちゃぶ台にはカップ麺の空き容器。おいおいおい、昨日胃腸炎て診察されたばかりだろ! 遅くなるって前もって言っておいたんだから、少しは胃腸にいいもん食えよ。

「ていうか、食い終わったんならせめて流しに持っていくとかさー」

 のんきなあかねの寝顔を見つつ、注意する。まあ起きていようといまいとムダだろうけど。


[友達も家族も恋人も、両者がそうありたいと思い続けなければ関係は変わってしまう]


 芽依ちゃんの言葉が、ふと脳裏をよぎった。


「……あかね」


 今は聞こえなくていい。どこかで必ず、また言うから。


「いつか、ゆっくり、真剣に向き合って話そうか。俺たちの生き方について」


 すやすやと眠るあかねの寝顔は、穏やかな気持ちで見ると、とてもかわいらしい。確かに、本物のお姫様そのもので――


 ブプスゥ~。


「いや屁で返事すな」


 やっぱかわいくないわコイツ。


   ◆ ◆ ◆


 翌日、文化祭を二十四時間後に控えた、金曜日。今日は一日全体準備だ。午前中、俺は川辺さんの指示で右京と体育館でパイプ椅子を並べていた。壇上では、明日のレクリエーション企画に使う木材でできたセットが八の字に置かれている。新城学園の校名からか、西洋風の城が描かれている。


「……ボロくねえ?」

「俺もそう思ったところだ」


 セットは遠目から見ればまだごまかせそうだが、壇上前で見るとボロさが目立つ。ところどころ塗装が剥げてて、傷やへこみもあるし、木の繊維が逆立っている。


「もう十年これでやってるし、大丈夫っしょ!」


 どこからともなく聞こえる声。

 いや逆に心配なんだよそれが! L字の脚の部分にガムテープ貼って固定してるけど、砂袋を重しにした方がいいんじゃないか……そう言おうとして、結局次から次へ現場に回される内、言いそびれてしまった。

 三時頃になってやっと肝である教室展示に取りかかれることになった。いつの間にやらなし崩しに、当日の展示班は芽依ちゃん、右京佐藤、マジョと俺の五人になっていた。五人で机と椅子の整理からはじめ、壁に黒幕を張り、その上にレポートを貼る。真ん中には右京と佐藤が作った、紙粘土のペンギンフィギュア七体を円状に配置した。

 明日に備え、夕方には解散。


 そして――


『今から、第四十一回新城祭を、開催致します』


 明けて土曜日。校内アナウンスが、文化祭の始まりを告げる。が。

 ……俺はその頃、なぜかペンギンのフリースを着ていた。

「「ギャハハハハ!」」

「オマエらが押しつけといて、笑ってんじゃねーよ」


 全身を覆う黒と白のつなぎに、ペンギンの顔を模したフード。顔はオウサマペンギンだ。自ずと覚えてしまった。着ぐるみっぽいが手足は出ているので、動きにくくはない。


「あら、砂岡くん、似合うじゃない」

「氷室さん……」


 事のキッカケは、あかねの一言。あかねは広報係の関係上屋台班だが……朝、急に教室に来て「ペンギンのフリースが家にあったから、宣伝に着てみたらどうかしら」と言ってきた。俺にすら内緒のサプライズ。一瞬見えた、ふふんと小悪魔な笑みを俺は見逃さなかったぜ。

 フリースは二着。あかねの企みはさておき、華のあるマジョと芽依ちゃんが着ればいいと思ったが、マジョから女子と男子で一人ずつが平等でしょ、と至極もっともな意見。確かにと丸めこまれてしまった。女子はじゃんけんの結果、芽依ちゃんが着ることに。なら、すなおうじが着るのが筋じゃない? とマジョと右京佐藤に見事に押し切られ、俺が着ることになった。


「すなおうじ……ブッ! かわいくていいよ」

「マジョ、今噴き出したろ」

「似合ってるって意味の噴き出しよ。で――」


 マジョが体を空けると。


「やっぱり、ちょっと暑いんですね。今日、秋の陽気でちょうどよかった」


 芽依ちゃんが、イワトビペンギンのフリースを纏って現れた。


「………………!」


 言葉が出ない。白と黒のモコモコに包まれつつ、眼鏡がいいアクセントで全体を引き締めている。頭のフードはカラフルで、芽依ちゃんの涼しげな顔とのギャップがいい。

 ハァ!? めちゃ似合うしかわいすぎるんですけど! こんなキュートな存在が、板橋区にいていいのかよ!? 板橋区をなんだと思ってんだよ!


「……私には、これくらいしかできないから」


 ニコリと笑うあかね。陰が帯びていたのを、きっと俺と芽依ちゃんだけが感じ取れた。

 あかねには、芽依ちゃんに手伝ってもらっていると話してはいる。未だに本人は、自分の問題だから自分でなんとかすると言い張っているけれど。

 プリンスが教室まで迎えに来て、


「それじゃ、頑張ってね。展示班のみなさん」


 あかねは頭を下げ、教室を後にした。

 クソッ……待て、焦るな。こっちには芽依ちゃんがいる。俺がブレちゃダメだ。


「ほいじゃあ、また午後に」


 何人もいても邪魔だからと、右京たちもそれぞれ企画や屋台へ繰り出す。午前の展示案内担当は俺と芽依ちゃん。勝手に名付けられた、ペンギンズがおもてなしだ。


★次回『図書室の本棚の裏で』につづく。

面白かった!という方は★・コメント・フォローよろしくお願いいたします。

※次回から1日1話更新になる予定です。

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