第31話 魔女は王子に魅せられて、王子はメイドに恋をする

 校舎に最も近い第一グラウンド。

 ピッチャー・北大路くんの活躍で、我が一年A組ソフトボールチームは決勝戦まで駒を進めた。持ち前の運動神経を発揮してアウトを奪っていく彼は、以前より容姿の良さで注目されていたけれど、そこで一気にファンを増やした。

 ……そうか、今思えば、あの時率先して応援していたのは、あかねだったな。そこで彼は恋に落ちてしまったのかも。


「プリンスの一球が最後の三振を取って、優勝が決まった時。クラスみんなが駆け寄って、プリンスと姫を囲んで輪になったじゃない? 私、ああいうの昔からニガテなんだよね。遠くからボーッと見てたんだ。たかが体育祭に、バカじゃないの。結局、みんなプリンスや姫からキラキラを分けてほしいんでしょ、自分が輝けないからって」


 冷めた声は、マジョ。つまらなそうな、諦めも入ったような口ぶりで。


「ふと視線外したら、外野守ってたヤツが、輪に入って喜びを分かち合ったかと思ったら、ダッシュですぐ輪から外れて行って。なんだアイツと目で追ったら、グラウンドの隅っちょ、便所前で草むしり始めてんの。意味がわからなくて、近くまで行ったんだ。そいつが……すなおうじだった」

「……私もそうですよ。ああいう大人数でのノリにはついていけないタイプですから」

「何やってんの? ってすなおうじに聞いたら、なんて答えたと思う?

『一回戦から気になっててさ。ここだけ草ボーボーじゃん』だって。で、私また聞いたんだ。

 ――『誰かに頼まれたの?』『いんや』

 ――『どうせ用務員さんとか誰かがやるでしょ』『だったら俺がやってもいいじゃん?』

 ……こいつもバカだ。善人ぶってるバカ……最初はそう思った」


 バカだと思われたのか……確かにな。客観的に聞いてみたら、お人好しもいいところだ。


「いつまでやるのかなって、スマホいじりながら興味本位で見てたんだ。そしたら、もう誰もいなくなってんのに、まだ草抜いてるの。さすがに言ってやらないとと思って。

『……いつまでやってんの? もうみんな帰ったよ』

 そう言ったら、今でも笑っちゃうのがさ、そこで『ファファ?』って変な声上げて」


 あの時の絶望感ったらなかったな。一軍勢はおろか右京も佐藤も誰もいないんだもん。だーれもいなくて風だけ吹いてんの。


「あらためてバカだなコイツって思った。……けど。

『まあいっか。ほら、結構キレイになったろ? ちょっと草抜くだけで変わるんだよ』

 そう言って顔拭って、土が鼻の下に付いたまま笑って……その時思ったんだ。こんな純粋な人、いるんだって。

 ダッサ! って笑いながら、スマホで撮ってたら……」


 芽依ちゃんが、来ていた。


「私も、ずっと見ていたんです。見ているだけでした。教室に戻ってもまだ草むしりしてるのが見えて、面白いやら感心するやら呆れるやらで。でも、私も何か、今の自分にできることをやろう。そう思ったんです」


 そして、芽依ちゃんは濡れタオルをくれたんだ。

 一瞬で、好きになった。


『もし良かったら、使って下さい』――その時の微笑みを、一生忘れることはないだろう。


「すなおうじってさ、分かりやすいよね。顔に書いてあんだもん。芽依ちゃんに惚れたって。芽依ちゃんは、ちゃんとその時その場でできることをやった。でも私は、人を試す資格もないくせに、ただ疑って、見てただけ。だから、私にはすなおうじに好きと言える資格はない」


 声が濁る。また、泣いているのか。


「みんな気付かない。プリンスだの開かず姫だの、キラキラしてるものに縋って、塔司の魅力に気付かない。私は塔司を知っている。その真面目さもかわいいところもバカさ加減も知っている。けど、塔司が好きなのは、芽依ちゃんだから……」


 ――なんてこった。

 あかねを追い詰めたのは、マジョとプリンス。だが、その遠因を辿れば、俺じゃないか。その上マジョまで泣かせて。何やってんだ、俺!


「……出てきてください」


 芽依ちゃんの合図に、立ち上がる。頬を両手で叩き、俺はしっかりした足取りで進む。

 俺が、俺が逃げ腰じゃダメなんだ!


「……どういうこと!?」


 俺が姿を現すと、マジョは立ち上がり背後の窓まで後退した。困惑の色が見て取れる。近くに行けば行くほど壊れてしまう気がして、あまり近づくこともできず、テーブルの前までしか行けない。


「詳しくは言えませんが、塔司くんから氷室さんを助けて欲しいと、相談があったんです。その問題を解決するには、駒である北大路くんより、絵図描いた本人と話す必要があった。まず根から絶たねばならないと考えたんです。なにより、自分自身にウソをついているあなたを、見ていられなかった――」


 マジョは何も言わず、芽依ちゃんは「でも」と挟んで続ける。


「ごめんなさい。揺さぶりをかけて本音を引き出すためとはいえ、意地悪が過ぎました。嫌われることをしていると、わかっているつもりです。でも、その前に、素直になりませんか? 私も、素直に打ち明けます」


 おもむろに立ち上がる芽依ちゃん。俺に体ごと向けて――


「ごめんなさい!」


 急に頭を下げた。

 え、何が? 

 ――まさか。


「塔司くんは面白い人だし、素敵な人だと思います。でも、塔司くんとお付き合いする気持ちにはなれません。お友達でいてください」


 ………………告白する前にフラれた!?

 ちょっと、ちょ、何コレ。何この状況。どうすればいいの? いきなりフラれたよ?


「……えと」


 ――そうだ、フラれたんだ。いわば、俺は『届かなかった』。


 なら、どうすればいいか。

 簡単だ、芽依ちゃんが言ってたじゃないか。素直に言えばいいんだ。


「……ありがとう。悔しいけど、嬉しいよ」


 真逆の感情が流れ込んで、混じっていく。自分でも判然としない。自分の気持ちが、さまざまな色で明滅する感覚。でも、ネガティブな感情はあっても、それに支配されてはいかない。不思議な、満たされる気持ちもある。じんわりとした、温もりもある。


「……塔司」


 俺を呼ぶ声に、正対する。窓際に体を預けていたマジョが、一歩前に出て背筋を伸ばす。


「私のせいで、氷室さんを傷つけた。そのせいで、塔司も苦しんだ。だから、芽依ちゃんに相談したんだよね? ごめんなさい。謝ります。でも、これだけは今、言わせてください」


 頭を垂れるマジョ。

 顔を上げると、両手を祈るように握った。


「私は、あなたがずっと好きでした。あなたの一番近くに、いさせてください……!」


 怖いから、祈る。

 怖いのは、本気の証拠だ。


「……ごめん! マジョの気持ちは嬉しいし、芽依ちゃんのこと感謝してる。けれど、その思いには、応えられない」


 なにより、あかねに顔向けできないから。

 頭は下げなかった。芽依ちゃんは俺に告白させられなかったから、頭を下げた。でも、マジョは俺に告白して、それを俺はきちんと返すことができる。そのやりとりに、過度の謝罪は濁りだ。


「……だよね。塔司は情とか欲に流されて、付き合う人じゃないもんね。やっぱり、すなおうじだ」


 マジョはふふっと笑った。涙が浮かんでいるけれど、優しい、慈しみのある微笑み。


「……これで、スッキリしました。ゼロになりました。ここからです。まだ、高校生活は、続くんですから」


 西日が、三人の影を作り出す。

 影は、どこかで繋がっている。


★次回『走れペンギンズ』につづく。

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