第3話 すなおうじの放課後

 午後の休み時間は、また不用意なことを言ってしまうんじゃないかと我ながら怖くなり、話せなかった。

 しかし、


「それじゃ、砂岡くん、さようなら」

「あ! さよっならっ」


 帰りのあいさつだけはしてもらえた! まだ首の皮一枚残ってる……と信じよう。



 学校が始まれば、当然放課後のダベリも始まる。右京大志・佐藤正臣・砂岡塔司の陰キャ三連星スリースターズは、いつも放課後、学食に集合。と言っても、ソシャゲなり特撮・アニメの話なりをしているだけで、なんら生産性のあることはしていないが。


「宮内くんと園田さんって、付き合ってるの知ってた?」


 アイドル育成ゲームの、三人一組のオンラインバトルを行いながら尋ねてみる。


「「知ってるけど」」


 ハモりながら言われた……。


「ウッソ、知らなかったの俺だけ?」

「なんとなく、夏休み前からそういう雰囲気あったじゃんあの二人」


 右京が眼鏡の位置を直しながら言った。


「でも宮内くん、『園田と良い感じじゃん』って言われている時に『同じ茶道部なだけで、好きとかじゃねーよ』って言ってたし」

「おまっ……素直か!」


 佐藤のツッコミ。今日中に三回も同じツッコミされることになろうとは。


「まあいいじゃねえか、目の前のカップルより隣の好きな人だろ?」

「そうだけどさ」


 右京の言うとおり、俺は芽依ちゃんのことばかりで、他人の恋バナには疎かったかもしれない。

 って、いや、おい。


「ちょ、ちょっと待って、俺土屋さん好きなこと話したっけ?」

「え? してないけど、好きなんだろ? 見ればわかるよ。だって、土屋さんと話す時いつも挙動不審だもん」

「……は? 挙動不審?」

「身振り手振りがオーバーだし、なんか鼻息荒いし」

「えええ、ちょっと、言ってよ! 気持ち悪いヤツじゃんそれ!」


 スマホを置き、頭を抱えた。傍から見るとやっぱヤバいヤツだったの、俺?


「緊張しないよう黙るより、今はなんでも会話してとにかく距離を縮めるターンなんじゃねえのと思ってさ。土屋さんに彼氏がいないことはそれとなくわかってんだろ? 見ているだけじゃ進展できないぜ」

「うっ」

「土屋さんは放課後図書委員の仕事してるんだろ? 委員会の仕事中に割り入ってベラベラ話すワケにもいかんし、かといって帰宅部だから同じ部活ってワケにもいかないし。そうなると授業の合間でいかに距離を縮めるかが肝じゃん。なりふり構っていられるのかよ」

「た、確かに」


 右京と佐藤め、それなりに筋の通ったこと言うんだよなコイツら。


「まあ見てて面白かったのもあるけど」

「そっちが大目的だな! このやろ!」


 ナハハハと右京と佐藤はのんきに笑っていた。


「お前らはどうなんだよ。それこそ……氷室さんと同じクラスだぜ?」


 不平等だ、俺も気になる人でも聞き出してやる。そう思って手始めに、最も手っ取り早い存在を出した。

 右京は笑ったまま答える。


「いやないないない。美人過ぎて現実感ないわ。だいたい俺は桜沢綾奈さん応援中だし」

「俺は水上美麗さん派だな」


 どちらも今をときめく女性声優だ。


「サトー、言っとくけどね、水上美麗さんも夜は組体操やってんだよ。結婚した途端、写真集やCDを破壊するのはやめとけよ」

「破かねーし割らねーわ! まあダンボールに一式入れて押し入れにしまったりはするかもしれないけど」

「正直に理性があってよろしい」

「右京だって桜沢さんの写真集買ったりしてたじゃん」

「俺は夜の組体操してる綾奈さんまで含めて応援してるんだよ。お前のような痛いオタクと一緒にするな」

「なにを! ていうかそもそもなんだ夜の組体操って!」

「隠語がウィットに富みすぎだろ」



「そいじゃ」「ほいじゃ」「ボイジャー」と、いつものあいさつ。右京と佐藤は学校近くの住宅街に住んでいるため、学校の正門から大きな街道に出るところまでで別れる。

 方角は西、埼玉方面へ一人で歩き始める。板橋区の新城学園は私鉄・光武東上線沿いで、池袋方面からと埼玉方面からの二方向の電車通学ルートがある。埼玉方面に一つ隣の駅が、俺の家の最寄駅だ。だから電車通学すれば早いのだが、徒歩を選んだ。学校まで歩いて二十五分程度で着くのなら、定期代の節約を考えて歩きの方がいい。物は考えようだ、帰宅部の俺にはいい運動にもなる。

 住宅街を抜け、アーケードの商店街へさしかかる。学校帰りの道すがら、食材の買い出しもしておく。目指すは、商店街の真ん中に位置するスーパーマーケット・マルスエ。

 今日の夕食はすでに決めていた。夏休み中の半端に余った野菜を使い切るには、まとめて炒められる料理が最適。となれば……ここは焼きそばだろう。

 焼きそば麺、キャベツ半玉、半額引のウインナー、一番安い食パン、牛乳、お買い得品のバナナを購入。ちゃんと鞄には常にマイバッグを忍ばせていて、ポイントカードも忘れない。牛乳の重さを感じつつ、またマルスエから十分ほど歩いて、自宅へ帰還。

 なんてことない、庭付きではあるが、平屋のこじんまりとした借家だ。親父と二人で住むには十分。玄関の鍵を開けると、廊下を挟んで左側に台所、右側に手前から俺の部屋・居間・親父の部屋となっている、簡素な造り。右京佐藤には「お前んち、何か旅館の一室みてえだな」と謎の評価をいただいた。

 カーテンから夕陽がにじむ居間で、灯りと冷房を点ける。洗面所でうがいと手洗いをし、自室で部屋着に着替える。台所で食材を冷蔵庫に入れ、返す手でグラスを取る。なくなりかけの古い方の牛乳から一杯注ぐ。その間、慣れたモンでわずか三分。

 さて、やっと一息つける、と思った矢先。バンバン! と、鈍い音がした。庭へ出入りできる、居間の窓ガラスからだ。

 ……来たか。

 居間のカーテンを開けると、そこにはカエルのごとく両手を窓にくっつけたお姫様――



 氷室あかねが、いた。



★次回『開かず姫の正体は……』につづく。

面白かった!という方は★・コメント・フォローよろしくお願いいたします。

初日は第4話までアップします。

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