第4話 開かず姫の正体は……

「……ハア~ア」


 無言で窓のカギを開ける。

 謎の『COOL PENGUIN』と書かれたペンギンの絵が入ったTシャツ、略してクーペンTと、黒ジャージのハーフパンツ。学校ではきれいにまとまっていた髪はところどころ大胆に跳ね出し、瞳はボーッとしていて覇気が一切ない。元より化粧っけはないが、今はガチのすっぴん。日中のお姫様成分はどこへやら、これじゃ深夜コンビニに酒とツマミを買いにきた干物女のようだ。


「あー、今日もつっかれた~」


 乱暴に窓を閉じると、倒れるように体を畳に投げ出し、うつぶせになる。


「トージ、カルピスちょーだい。牛乳入りのやつ」


 間の抜けた声でご注文。

 その前に、ああ~っ、もう!!


「その前に窓とカーテンをちゃんと閉めて! 半開きになってる、冷気逃げちゃうから! あと窓は汚いから触ったらちゃぶ台の上のウェットティッシュで拭く! 拭いたら放置しないでゴミ箱に入れる! いいね!?」


 俺からも注文、というかやって当然のことを言いつけ、台所に戻る。氷を冷凍庫から出しながら、きちんとやるか見張る。が。


「あーもうわかったよ」


 釈然としない声。あかねは膝だけ立てて尻を浮かせると、半回転。あろうことか器用に尺取り虫の要領で窓へ向かい、閉めきった。

「いやその距離くらい立てよ!」

 そんな俺のツッコミに――


 ブーッ!


「あ、オナラ出ちゃった。アハハ」

「アハハじゃねえよ! 屁で返すな! 尻まで半開きか!」

「尻は閉まっとるわ! よっと」


 やっと立ち上がるのかと思ったら、今度は上半身を戸棚に預け、手足を投げ出しL字の姿勢。そして、目と口をポカンと半開きにして、脱力。


「まだ暑いとはいえ、ヘソを、お腹を出すな! 胃腸に悪いぞ!」

「うぇ~……」


 カルピスを持ってくる頃には、家とはいえ逆にこんなブサイクになれるのかと問いたくなる顔面ができていた。鬼太郎が好きだからって自らの顔面を妖怪化すな。


「外面では常にベストでいたいんじゃなかったのか?」

「今は疲れを取るためにこの姿がベストなのー」


 物は言い様だなぁオイ。

 俺はこの状態を、一人密かに名付けている。


『半開き姫』――世界よ、これが『開かず姫』と呼ばれる氷室あかねの、真の姿だ。


「まず手を拭け。窓触ったままだろ」


 カルピスに手を伸ばそうとするあかねを、ウェットティッシュの筒を盾にさえぎる。


「え、ああ」


 俺が懇切丁寧に二枚取って渡すと、こする動きで両掌を拭う。


「はい」

「はいじゃねえよ! ちゃんと自分で捨てなさい」


 丸めたそれをまるで当たり前のように渡してきやがる。


「ちぇっ。ほい、シュート!」


 ブサイクな放物線を描き、ウェットティッシュ弾はゴミ箱の前で落ちた。


「あーダメだったか~」

「まったく、入ったことねえだろ」


 仕方ないので、俺が拾ってゴミ箱にシュートした。

 俺の親切をよそにボーっとした目で、ジルジルとストローでカルピスを飲むあかね。


「牛乳ちょっと薄くない?」

「だったらそれくらい自分で作れ」

「え~疲れてるから無理~。『みんなに愛されるあかねちゃん』でいるの大変なんだから。オウッ、ゲブゥ!」


 ゲップまでしやがった……。

 その美しさを守ってやりたい――なんて昔は思ったが、まさか家ではこんな姿だとはなぁ。

 クラスのみんながこの半開きなブサイク顔と不精の塊のような態度を知ったらどう思うだろう。学校ではコンマ一秒でも見せない姿だが、それでもカワイイって持てはやすのかな。


「なに?」


 俺の訝しむ視線に応える。


「いや、パンツ見えてると思って」


 ウエストがずれピンク色のパンツが一部、露わになっていた。


「ハァ? 見んなし」


 ウエストをつまんで上げ直すと、その手を戸棚に伸ばし、ノールックで開ける。中のお菓子を探るも、うまく掴めず、せんべいが落下。


「尻に接着剤でも付いてんのか! もう」


 拾ってやりつつ、壁掛け時計に目を配る。そろそろ俺も夕食作りをしなければならない。


「もう夕飯作るから、お菓子食い過ぎるなよ」

「今日のごはん何?」

「キャベツたっぷりソース焼きそば」

「ふーん、じゃあ目玉焼きつけて」

「はいはい。てか、もう五時四十分になるぞ」

「あ、ホントだ! 『ペンギー』観なきゃ!」


 大あわてでちゃぶ台の上のリモコンを手に取り、テレビを点けた。幼児向け番組のエンディングが映る。


「間に合った!」


 あかねは大のペンギン好き。だから、登場人物がすべてペンギンの世界的クレイアニメ『ペンギー』ももちろん大ファン。


「お前ってホント『ペンギー』好きだよな」

「あんたもいい歳して特撮ヒーロー好きじゃん」

「いや毎日欠かさず見てるからさ。そんなにペンギー……てかペンギン好きなんだと、あらためて思ったまでよ」


 スマホの待ち受けもカバーもペンギンで、ノートの下敷きまでペンギンを選ぶ徹底ぶり。だから、ペンギン好きは早い段階でクラスに知れ渡った。あかねも、ペンギン好きだったらもっとカワイイと思われると、そんな計算もしていたのかもしれないが。

 そう言えば、一学期が始まってすぐのこと。あかねの気を引こうと男子たちが、家からペンギングッズを引っ張り出してさりげなく学校に持ってきた時は、さすがに呆れた。それに対し、ちゃんと一人一人ペンギングッズをカワイイと言って回るあかねに、また呆れたものだ。

 さてと、俺は飲み干されたグラスを手に、曇りガラスの引き戸を閉め居間から台所へ。


「んじゃ、料理するかー」


 カルピスのグラスを洗った後、俺は焼きそば麺のパッケージを開けた。

 食材はキャベツ、半端に余っていたニンジンとナス、半額のウインナーまるまる一袋、短くなったネギも小口切りにして入れちまおう。どうせソース味になるんだし。

 麺類は偉大だ。主食枠、肉枠、野菜枠、すべてが一度にまかなえる。具材でボリューム感を調整できて、糖質対策にもなる。それに焼きそばだったら食材を適当に切っても大して気にならない。


「カワイー! アハハハ」


 あかねのよく通る笑い声。食材を切り終えたら雪平鍋に油を敷き、火にかける。後は一人分ずつ、順序を守って食材から炒めていく。やろうと思えば二人分一気に作れるのだが、案外二人前の麺を炒めていくのは力が要ってたるい。先に俺の分を作っておいて、食べる前に電子レンジで温めればよし。そうそう、焼きそばの麺は炒める前にレンジで温めてほぐしておくと、すぐに具と絡められる。


『ヘイヘイヘーイ! ~♪』


 テレビの音は『ペンギー』から国民的アニメ『忍影満太郎』へ。

 早くも俺の分を作り終えると、ラップをして一旦放置。あかねの分をまた食材から炒めはじめるが、隣のコンロでフライパンを温めておく。麺を炒める段階まで来たら、フライパンにも油を敷き、卵を割って入れ目玉焼きも作る。

 あかね分に粉末ソースを絡めたら終了。二人分でも三十分足らず。焼きそばはお手軽なところもいい。使い終わった雪平鍋は水を張って洗剤を一回しし、一度沸騰させておく。そうすると汚れが落ちやすくなる。

 汁物がないが……焼きそばは塩分多いし、野菜ジュースでいいだろ。


「おーい、できたぞ。ウェットティッシュで台拭いてくれ」

「へーい」


 飯となるとちゃんとやるんだよな。テレビは夕方のニュースに移っていたが、あかねは興味ないのか消した。

 俺の分を温め直し、あかねの方にはちゃんと目玉焼きを載せた。ちゃぶ台に置き、冷蔵庫から野菜ジュースのペットボトルとグラスも配置。

 電気代節約にクーラーを停止。代わりに扇風機を点ける。


「それじゃ」


「いただきまーす」


 ちゃぶ台を囲み、飯を前にしてしっかり手を合わせる。

 これが、俺たちの日常だ。


「おほ、半熟だぁ」


 目玉焼きの黄身を潰して、うれしそうなあかね。


「そうだ! マヨネーズも~」


 あれだけめんどくさがっていたのにすっと立ち上がり、居間を出て冷蔵庫からマヨネーズを出す。遠慮なく回しかけて、ズルズルと音を立てて焼きそばをすする。


「おいしい~」


 ……なーんだかなぁ。あらためて見ると変だ。学校じゃ姫と呼ばれる美少女が、庶民の代表食の一つであろう焼きそばを、ズルズルとおいしそうに食べている。お姫様なら、せめて焼きそばじゃなくてパスタであれよ。焼きそばうまいけどね。

 奇妙な感覚の中、気を取り直して焼きそばをすすっていると、ちゃぶ台に置いていたスマホが震えた。あかねもポケットから自分のスマホを手に取り、カバーを開く。


「あっ」

「ということは」


 メッセージアプリ・マインの、グループトークの通知。


「やっぱり……」


 タップして詳しく見てみると――


『昨日は、同僚さんのホームパーティに呼ばれたよ!』


 とのメッセージに続き、画像が投下されていた。

 四十超えたおじさんとおばさんが、ハートマークがでかでかと入ったお揃いのTシャツを着て、夕陽を背景に仲良く並んで立っていた。

 ……正直、思った。


「ええ……きっつ」

「ね……この人たちさぁ、いい歳して何着てんだろうね……」


 あかねも声色からして呆れている。


「でもさ、近い将来再婚しようっていう二人が冷めてるよりはいいよね」

「確かにな」


 あかねに同意して、ペアルックには触れずに差し障りなく『楽しそうだね』と返信。あかねは『体に気を付けてね』と返信した。〈S&H(4)〉とのタイトルのあるマイングループに、立て続けにメッセージが並ぶ。


「……」


 マインの画像をもう一度眺める。眼鏡を掛けたおじさんの方が、砂岡陽太。俺の父親。そして、同い年ながら若々しく見える女性が、氷室美月さん。あかねの母親だ。

 振り返れば、それは半年前の三月のこと。


★次回『二人暮らしの理由』につづく。

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