第5話 二人暮らしの理由

 縁というのは不思議なものだ。俺が高校入学を控えていた今年の三月、高齢の夫婦が引き払った隣家に、誰かが越してきた。それをたまたま俺との買い物帰りに見かけた親父は、女性二人きりで荷物を運んでいる姿を見るやいなや正義感を発揮し、「よし、手伝うぞ!」と揚々と突進していった。


「隣に住んでる砂岡という者ですが、お手伝いしましょうか!」


 コミュ障とは一切無縁な性格の親父が話しかけた時、切れていた赤い糸が、再び繋がった。


「え!? 陽太くん! 陽太くんじゃない!?」

「美月ちゃん!?」


 砂岡陽太と氷室美月、実に二十七年ぶりの再会だった。

 そこからは色々なことが分かり、怒濤のごとく色々なことが動いた。旧姓・入江美月さんと砂岡陽太は、もともと中高が同じで、本人たちの発言を解釈するに友達以上恋人未満の間柄だったらしい。大学進学を機に疎遠にならざるを得ず、また新たな恋に出会い、結婚し、引っ越し、縁は完全に切れていた。しかし両者とも、親父は俺が七歳の時に妻を病気で失い、美月さんはあかねが九歳の時に同じく病気で夫を亡くしていたのだった。つまり、二人とも、連れ添った伴侶を亡くした者同士、一人で子を育ててきた者同士だった。おまけに、お互いの連れ子は同じ高校に通うという。

 瞬く間に、焼け木杭に火がついた。まるで若い時に戻るかのような二人は、連れ子である俺たちから見ても、ずいぶん楽しそうだった。だから、自ずと言葉が出た。


「結婚したかったら、気にしないでいいからね」


 話はトントン拍子に進み、実際婚姻届を書くところまで行った。

 が、七月初め、美容・ファッション系のネットメディア編集部に勤務する美月さんに、ニューヨーク出向の話が持ち上がった。美月さん個人としては行きたかったのだが、あかねのことと語学に自信がないとのことで一回保留となった。

 ここで渡り船だ。ウチの親父・砂岡陽太の職業は、翻訳家兼ライター。小説からネット記事に至るまで、さまざまな文章と言語を翻訳をしていて、語学はピカイチ。むしろ、それ以外はパッとしない、だらけ癖のあるダメ寄りのオジサンなのだが……。

 かくして、二人でニューヨークに行けば、美月さんは夢だった本場ニューヨークのファッションに生で触れられ、親父は美月さんをサポートしつつ、日本の小説を英語版に翻訳する仕事に彼女の伝手でありつけることになった。

 当然、出るのは子の問題。本来ならば、親についていくところなのだろうが――


「いやいや、英語なんてムリムリムリ!」


 あかねは頑としてついていこうとはしなかった。

 無論、本人は大丈夫と言っても、女の子一人を置いて行くワケにもいかず。


「塔司、お前、あかねちゃんに付いててくれるか?」

「うん……うん?」


 今思えば、もっと話し合うべきだった。が、出向先の都合で、八月二十日までにニューヨークに渡らねばならなくなった。

 ――今でもありありと思い出す、夏休み直前の親父の言葉。


「明後日から夏休みだろ? で、一カ月以内に、向こう三カ月分のライターの仕事を片付けとく必要があるから、塔司も書いてくれよな!」


 くれよな! じゃねえよ! 素人に書かせんなよ! と言っても、「そうしないと金入らないし、各方面に不義理かましちゃうんだよ~」と返されたら、やるしかないじゃないの!

 そんなワケで、夏休みは親父の手伝いと片手間の課題で潰れた。それまでも手伝ったことはあったものの、まるまる仕事任されたのは初めての経験だった。

 なんとか無事仕事はやりきった。空港で二人を見送った後、俺とあかねは助け合いつつお互いの家を行き来しての二人暮らしを始めた。


 ……のだが、この氷室あかねなる人物は、なぜか超絶不器用! 掃除しようとすれば掃除機を詰まらせ、料理しようとすればゆで卵の殻を剥くことさえ失敗する。おまけに学校ではマメなのに、家じゃものぐさもいいところで、そもそも動こうとしない。最初は交代で料理番しようかとの話になったが、俺から全部やると言い出し、流されるまま朝食は氷室家で、夕食は砂岡家で食べることになった。


 極めつけのオチは、親父の部屋で探し物をしていた時のこと。

 なんと、書いたままの婚姻届が出てきた! 忙しさにかまけて出し忘れたまま、ニューヨークに旅立ってしまったのだ。それを伝えると、親父の返信は次のとおり。


「あ、うっかりしてた、ごめん。そのままにしといて~」


 なんか、俺だけ苦労してない?


★次回『姫はお見通し?』につづく。しばらくは2話ずつ更新にするかもです。

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