第6話 姫はお見通し?

「急に疲れた顔してないあんた」


 現実に還ってくると、あかねが俺の顔を覗き込んでいた。


「別に、ちょっと思い出したことがあっただけさ」


 もっとこれからの、楽しいことを考えよう。これからと言えば……そう、芽依ちゃん! お隣になれたものの、どう距離を縮めるべきか……。

 スマホがまた震えて、通知を知らせる。今度は公式マインアカウントがどうでもいい情報を流していた。いい加減バイブレーションを切る。


「……そうか!」


 これだよ! マインアカウントを交換しないと! 生の会話もいいけど、休日でも気軽に連絡取れるコレだよ。

 一学期中はとにかく俺という存在を認識してもらいたい一心で、連絡先の交換はもっと仲良くなってから、と先延ばしにしていた。親父と美月さんのこともあわただしかったし。

 もし、クラス全員参加のグループを作ってたら、もっと気軽に「友だち申請していい?」と聞けたかもしれないが、今日びクラスグループなんてタルくて誰もやりたがらない。同じクラスでも親しい間柄でなければアカウントを交換してないのは当たり前だ。実際、俺のマインには右京と佐藤しか入っていない。あかねは家族グループにいるだけで、やりとりはSMSだ。それに甘んじて、芽依ちゃんに交換しようと言い出すのが怖かったのも、正直ある。

 だが、席が隣になって、親父たちの諸々のことも一旦片付いた今、逃げてはいられないぞ。チャンスが巡ってきてるんだ!

 でも、女子にどうやって聞けばいいんだろうか? もしも、


「マインアカウント? 何で交換しないといけないんですか?」


 とか言われた日には、穴という穴から脳漿が噴出するぞ。

 ……むう、やはり女子なら女子に聞くのが一番か。


「あのさ、普段から世間話程度は会話できる仲の人と、マインアカウント交換するにはどうすればいいと思う?」

「え? 普通に聞けばいいじゃん」

「いや、その」

「……ああ、なるほど。聞きたい相手が女子なんだね。で、普通に聞くにはハードルが高いと。断られたらその後が気まずいと」


 察してくれたのはありがたいが、なぜ一瞬睨む……。


「ねぇねぇ君かわいいね? いくつ? どこ住み? てかマインやってる?」

「そういうのいいから」


 アホらしい声とおちゃらけた顔で茶化してくるが、ここはスルー。あかねも真顔に戻る。


「一対一だと身構えさせちゃうから、何人かで交換し合う機会作って、その時流れに乗ってお願いすればいいんじゃない?」

「な、なるほど」

「それか、これこれこういうグループを作るからアカウント交換しようって頼むか。相手が入ることの必然性がポイントになるけどね」

「お前賢いな!」

「この程度で賢い扱いされても困るわ……。で、相手は土屋さん?」

「うん……ん?」

 ストーップ!

「え、え、ちょ、なんでわかるの?」

「だって、あんたが積極的に話す女子って、土屋さんくらいしかいないし」


 そう言って、あかねは無表情に最後の焼きそばを口に運んだ。

 さすが学校では姫、マメに見てんな~。

 でもまだ、芽依ちゃんが好きだってことは言及されてない。

 よし、バレてないみたいだな。


「さて、ごちそうさま」


 あかねに続き俺も焼きそばを食べ終えると、台所に立ちすぐ食器を洗う。あかねもついてきて、後ろで冷蔵庫を漁っていた。

「んー、バナナもあるから……」


 冷蔵庫の右脇、乾物入れの上には、セール品のバナナ。


「バナナヨーグルトにしーようっと。大好きなんだよね~」


 包丁がいるだろうと様子を窺うが、あかねは冷蔵庫の左隣の食器棚から大きめの陶器とフォークを出すと、剥き身のバナナを一本まるごと入れた。豪快にカップのヨーグルトをぶっかける。さらにその上に、スティックシュガーまで振りまいた。


「そのヨーグルト甘みついてるよ。甘すぎるだろ」

「甘すぎるのがいいんじゃん」


 そう言って、バナナにかぶりつく。


「せめてバナナ切ったら……ていうか、何も思わないの?」

「え?」


 キョトンとした顔。

 だって、バナナまるまる一本に白いヨーグルトがぶっかかってて絵的にマズイっていうか。オトナ的なアレというか。


「……」


 しばらくして、キュッとあかねの目つきが鋭くなった。


「……うわ、エロ漫画の読みすぎ」

「そ、そそんな読んでねーし!」

「読んでることは認めるんかい」


 ……あーハイハイ、俺はいつもこうだ。


「それより! それ食ったらいい加減、家戻れよ。課題して早く寝て早く起きろ。また忘れ物するぞ」


 昼休み前のSMSメッセージ。いきなり『トージ! 財布忘れちゃった! BUYBUYでいいからお金貸して』と来たもんだ。


「えっ……砂岡さん、本気ですか!?」

「そんなボケ扱いされること言ってねえよ」

「わかったわかった。コレ食べたらね」


 背を向けて居間に移動するかと思いきや、尻を突き出す。


「何?」


 ――ブオッ!


「わざわざ俺に向けてオナラすな!」

「だって学校でオナラなんてできないじゃん。だったら家でこくしかないでしょ」

「なんだその論理」


 やっと居間に移動し、モリモリバナナヨーグルトの続きを食べ始める。

 食べ終わったら終わったで今は尻が動かないだのテレビ観たいだのと言い出し、結局あかねが氷室邸に戻ったのは九時近くだった。来た道を戻って居間の窓から出て行く。が。


「だから、半開きにすんなっての!」


 氷室あかね、なぜか閉めきらぬ女。



★次回『お姫様の優雅な朝……?』につづく。しばらくは2話ずつ更新にするかもです。

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