第8話 隣のあの子は土屋芽依

「みんな、おはよー!」


 身支度は間に合ったらしく、髪はまとまって、肌も見るからにモチモチしている。唇も潤っていて健康的な赤色。


「姫ーおはよう!」「またギリギリじゃーん姫ー」「今日もキマってるね!」


 一軍勢を中心に、男女問わずクラスの大半がそのあいさつに答える。右京佐藤でも一度はあかねを見る。

 うやうやしく教室に足を踏み入れ、みなに手を振るあかね。まごうことなきお姫様。

 そしてその背後を、忍者のごとく抜き足差し足ですり抜ける俺。


 ――学校で家族であることは秘密、いちクラスメイトとして振る舞うこと――


 親が再婚の意志を示した時、あかねから俺に提示されたルール。理由は「お互いに面倒事が増えるだけだから」とのこと。

 もちろん、それもある。だから同意した。


 ――けれど、そのルールに従う俺の一番の理由は【彼女の輝きを曇らせたくない】からだ。


 あっちは光り輝く超絶美少女で、こっちは変なあだ名の陰キャ三連星。みんなから愛される姫の最も近くに俺がいると知れたら、翳ってしまう。クラスのみんなも「実は俺たち家族になりました。二学期からは一緒に暮らしてます」と言われてもどう対応すればいいか困ってしまうだろう。それはどう転んでもあかねの望む『みんなに愛されるあかねちゃん』のためにならない。しっかりキャラを作っているあかねに、俺は不純物だ。

 もっとも、婚姻届を出したら苗字が変わって教員側にも言わねばならないだろうから、それまでのルールのはずだった。親父が出し忘れたとなると、少なくとも二学期はずっとそのルールが適用されることになる。自動延長だ。やれやれ、姫を陰ながら支える日々は長いぞ。


「ふう……」


 自分の席に着席。やっと一息。


「おはよう。大変そうですね」


 ぬはっ! 声の方へ意識を向ける。俺には姫を超えた女神様、芽依ちゃんがいる! そちらからあいさつしてくれるなんて。まだ首の皮が繋がっていると思うと、体中の疲労物質が吹き飛んで行く。活力が脳に回っていく。

 急いで返さなければ!


「おはやう!」

「歴史的仮名遣い?」


   ◆ ◆ ◆


 朝のドタバタからすっかり落ち着いた、十時四十分。二時限目を終えると、十五分の中休みに入る。次は英語で移動する必要はない。よし、ここで芽依ちゃんとマインアカウントを交換しよう! ……といきたいところだが、作戦が全然、ぜーんぜん浮かばない。

 俺が周囲の園宮カップルやマジョを巻き込んで突然「アカウント交換しようぜ!」ってのは不自然もいいところだ。それこそ「え、いきなりなんで?」と疑問を呈される。そんな陽キャじみた性格でもないし。かといって、芽依ちゃんが参加してくれそうなグループは作れそうにない。俺が協力を頼めるのは右京と佐藤だが、そんな男だらけのグループに芽依ちゃんが入ってくれる理由がない。警戒されるに決まってるし、第一俺の方に良心の呵責がある。

 今の俺にできることは、いつか訪れるかもしれない千載一遇のチャンスのために、芽依ちゃんとの関係を維持することだ。あるいは、マインアカウントが今さらになるまで距離を縮める。だから、普段から話せそうなチャンスを逃す手はない。


「つち」

「――ダハハハ! マジで~!」


 声をかけようとして、前からの声に遮られた。昨日に引き続きだ。

 うるせー!

 しかも、迷惑を被っているのは俺だけではない。目の前の園宮カップルも、宮内くんが耳に手を当てて、園田さんの声を聞こうとしている。うまく聞き取れないのだ。

 ちょっと静かにして、と言うのは簡単だし、別に一軍勢も聞き分けがない人たちではないから、善処してくれるだろう。だが、俺は普段注意するタイプじゃない。となると「真面目ぶってる」とか「気が立ってる」とか誤解されて、反感買ってしまいそうだ。そのまま園宮カップルを引き合いに出したらまた余計なお世話になるだろうし……。


「……」


 うまい手はないかと考えていたら、隣で何やら動き。見ると芽依ちゃんが、ホットアイマスクをして、突っ伏して寝てしまった! 一言もしゃべらない内に、あーあ……。

 だんだん甲羅にこもった亀みたいに思えてきた。かわいい。園宮カップルは会話やめちゃったし、もう亀みたいに気長に十五分過ぎるのを待てばいいかな、もう。


「……ううーん」


 しばらくして、亀の芽依ちゃん略してかめいちゃんが低い声で唸った。


「わっ!」


 かと思いきや、ガバッと思い切りよく起き上がる。声を掛ける間もなく、足早に園宮カップルの間を抜け、一軍勢のもとへ向かった。


「あの、ちょっと、少しだけ静かにしてもらっていいですか。ごめんなさいね」


 あかねの「あ、ごめんね」の言葉だけ受け取り、芽依ちゃんはまた自席で亀モードに戻る。プリンスこと北大路くんが無言で手で音量を下げるジェスチャーをすると、みな頷いた。さすがに少し静かになった。


 ――なるほど! すごい!


 俺はわかっている。きっと俺だけがわかっている。芽依ちゃんは「何のこと?」とトボけるだろうけど。

 園宮カップルのためを思ってやったんだ。

 誰かがクレームを付けないと、一軍勢は迷惑をかけていることにすら気付かない。ネックはクレームの付け方。

 まず自らが盾となることで、園宮カップルの存在を隠す。その上で、一軍勢に自分たちが迷惑行為をしていたのだと自然と納得させる。その二つが満たされる図式を一瞬で作り上げた。まさにビー玉レベルで丸く収める、天才の業。

 陰に甘んじている人にいち早く気付き、手を差し伸べてくれる。俺の時もそうだったように。


 これが、土屋芽依ちゃんなんだよなぁ!


★次回『マイン交換作戦』につづく。

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