第36話 新しい命!?

 文化祭は終わった。その翌日の、月曜の片付けも終わった。

 そして火曜日。振替休日で一日まるごとお休みだ。


「あー疲れが取れないなー。トージ、カルピスおかわり」

「ダーメーでーすー。糖分の取り過ぎです。麦茶で我慢しろ」

「ちぇっ」


 舌打ちをしながら、しぶしぶ麦茶に口をつけるあかね。

 朝、珍しく俺より早く起きてきて「朝食くわせろー!」と押しかけてから、ずっといつものL字姿勢。逆に疲れないのかそれ?


「あーさすがにヘソ出してると寒くなってきた」

「そりゃもう九月の下旬、秋も秋だもん。いや、夏も出すべきじゃねーけどな」

「と、なるのはお見通しよ。ホラ、見てみ?」

「はぁ?」


 言われるがまま見ると、あかねはクーペンTの裾をつまみ、ゆっくり上げていった。ヘソのかなり上まであがり、もう少しでブラが……。


「……は、何、何やってんだよ!」


 あわてて目を逸らす。

 寝ぼけ状態の不可抗力ならともかく、こんなバカなイタズラに付き合ってられるか!


「へへーんだ。ほら、よく見てみ?」


 ……そこまで言うには何かあるな、と視線を返す。

 胸が、黒い布で覆われていた。サラシみたいに。


「腹巻き!」

「腹巻き?」


 あかねは黒布を両手で掴むと、縁のゴムを伸ばしながら下げてヘソを含む腹部を覆った。


「……オヤジくさ」


 姫成分一切ないよもう。隙間にスルメ仕込んだら、立派な飲んだくれオヤジの完成だな。

 などと、そう、俺もダラダラしていた。もう午後五時半である。


「やっべー、もう何も食うものないんだった! ちょっとマルスエまで行ってくる」


 あわててサンダルをつっかけて出ていく。休みボケが甚だしいぜ。


 さてはて。

 今日はネギトロが安いからそのままネギトロ丼でいいか。副菜は舞茸とニンジンを焼肉のたれでさっと炒めて……などとマルスエで考えていると。


「すみません、あっ」


 目の前で店員さんと客がぶつかり、カートで運んでいた品物が落ちる。しかし、ぶつかった客は何も言わず、素通りして行ってしまった。

 まったく、お客様は神様だから許されると思ってんのかね。少しくらい手伝うのが筋ってもんだろうに。せめて謝るべきだ。


「大丈夫ですか」


 駆け寄って、片付けを手伝う。店員さんの仕事だからと、見過ごせるワケない。


「……うち片親で貧乏でさ、おばあちゃんとバイト始めて。なんだか恥ずくてこういうとこ見せたくなかったんだけど」


 聞き覚えのある声に、思わず顔を上げた。カート越しに、あのフル装備店員さんが見える。

 そうか! と今さら氷解する。


「やっぱり、叶わないな。すなおうじには」


 マスクとゴーグルを取ったその顔は、化粧っけのない、地味な顔のマジョだった。


   ◆ ◆ ◆


「――はぁ!? 親が幼馴染で結婚して家族って、マンガじゃん!」


 学校が平常運転に戻った、ある秋のこと。

 中休みに、マジョの声が屋上を漂う。


「「でも、そうなんだもん」」


 俺とあかねが、マジョの前に立つ。その様子を、少し離れたところから芽依ちゃんがフェンスにもたれかかって見ていた。さながら監督だ。

 すでにあらためて芽依ちゃんには、俺たちが家族であることを二人で明かしていた。あかねルールについても深入りせず、尊重してできる範囲で協力してくれるとのこと。ありがたい。

 芽依ちゃんまでで、マジョにまで俺とあかねの関係を明かす予定はなかった。だが、今後もあかねとともにマルスエを利用することを考えると、中途半端なままにしておくより、彼女にはいっそすべて明かした方がいいと考えた。

 とはいえだ。あかねにとって、マジョは自分を追い詰めてきた張本人。だから、文化祭中のあの図書室のできごとをすべて話した。そもそもの遠因が、マジョが俺を好きだったことも、そのきっかけも、俺が芽依ちゃんにフラれたことも、俺がマジョをフッたことも……。

 その上で、あかねは言った。


[……マジョちゃんはあんたに告白して、フラれたんでしょ? じゃあ、禊は終わってると思う]


 俺に判断を任す、と言ってくれた。


「あかねのリクエストで、学校では他人で通してたんだ。だから、これからも俺たちに協力してくれないか?」


 俺が手を合わせると、マジョは


「他人、ねぇ」


 あかねに視線を移す。


「色々と面倒ごとになるじゃない、ね?」


 お姫様スマイル……なのに、あれなんだか、目がいやに怖いぞ? どうした? 禊は済んだって言ってたじゃないの。


「ごめん、ちょっと姫と話したいからさ、すなおうじ外してくれる?」

「お、おう分かった」


 より近付き、話し始める二人。剣呑な空気を感じて、少し警戒態勢モードで。しかし特に行くあてもなく、俺は芽依ちゃんの元へ寄った。二人の話し声は小さく、聞こえない。黙って見ているのも手持ちぶさただ。


「以前言われたんだけどね、あかねのヤツ、周囲に俺と家族であると『確定』されるのがイヤなんだって。その時はさらっと流したけど、よく考えたら結構ヒドイよね」


 軽くグチると、芽依ちゃんはぷふっと噴き出した。噴き出す口元もカワイイ。


「……素直ですねぇ」


 え? と漏れ出た俺の反応を受けて、芽依ちゃんは続ける。


「でも、それが一番です。ウソを帳消しにできるのは、素直であるしかない」


 その目はあかねに向いていた。

 何やら呆れ顔のマジョと、いつものお姫様スマイルのあかね。


「塔司くんの頑張りに、氷室さんが応えていく番だと思うんです。私は、それを見届けたい」


 どういう意味? と、問おうとして……


「それで、お互いの親はニューヨークで、二人で助け合いながら暮らしてるって? だからマンガじゃん! どうなんすなおうじ!」


 マジョに掻き消された。俺たちの元に歩み寄ってくる。


「そんなフィクションみたいに夢あるもんじゃないって現実は。こいつ家じゃおうふ!」

「生活するだけで大変なんだから」


 みぞおちを突かないで……そこ小さな攻撃でも効くから……!

 まったく、きゃいきゃいと騒がしいこと。


「……アッ!!」


 芽依ちゃんの大声に、俺たちから言葉が消えた。珍しい、芽依ちゃんが不用意に声を張るなんて。


「どうしたんですか? 土屋さん」

「いや、なんでも……」


 なんでもある。変だ、口ごもるのも珍しい。


「何よ、どうしたの? 言ってよ」


 俺が促すと、おずおずと口を開いた。


「……あのね、ハリウッドの俳優さんの話だから、別に関係ないんだけどね……この前、四十六歳で子ども産んだ女優さんのニュース思い出して」

「「…………」」


 二人で顔を見合わせる。


「え、ちょっと……」

「いやー……ママさすがに閉経して……してないか、四十五だとまだしてないな。……うわ、親の閉経の話するとかフクザツ……」


 さすがのあかねも、いつものお姫様スマイルどころじゃない。


「あー! それはごめん! でも、そ、そこら辺はわきまえてるでしょ! 親父も美月さんもさ!」


 ハッハッハ! と笑ってみせる。ないないって、そんなこと。


 不意に、ヴヴッとスマホが震える。しかも、震える音が重なった。


「ええ……」

「うん……」


 マジョと芽依ちゃんが見守る中、俺とあかねが同時にスマホを手に取った。

 砂岡家と氷室家のグループマインに、親父から一つメッセージが投下されている。


『伝えたいことがあるから、今度の土曜時間あるかな?』


「「伝えたいことって…………」」


 開いた口が塞がらないとはこのことだ。


「待って、まだニューヨークで一緒に暮らしはじめて一カ月くらいじゃん? まだ妊娠したかなんてわからないんじゃないかなぁ。違う話題じゃない?」


 我ながらいい切り口!


「あーね!」

「そうですよ」


 マジョと芽依ちゃんも加勢。これは間違いないっしょ!


「……ニューヨークに行く前から、二人で落語とか映画に行くこと、あったけど」

「「「………………」」」


 やっぱり開いた口が塞がらない。


★次回、最終話『半開き姫とすなおうじ』につづく。

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