最終話 半開き姫とすなおうじ
土曜日の十時半。約束の時間は三十分前に迫っていた。
「えとえとえと、ど、どどどうする」
砂岡邸、いつものちゃぶ台。その上に立てかけたタブレットの前で、俺とあかねは正座していた。いや正座の必要はねーよ!
「お、落ち着きなって。練習する?」
「そ、そうだな」
二人で立ち上がる。
「えー、本日はお日柄もよく」
「いやかしこまりすぎでしょ! 親相手に、普段通りでいいのよ」
「親父ィ! やっちゃったのか?」
「IQ低すぎィ! 普段通りだって」
「セサミストリートみたいなこと?」
「……通りをストリートに訳したのね!? ボケるならもっとわかりやすいのちょうだい!」
やばいやばい、もう頭がめちゃくちゃになってる。
「ねえ、何コレ漫才? ネタ合わせ?」
あかねが眉を顰めて聞いてくる。確かにな!
「ごめんごめん。それでは続きまして……」
「だから、完全にネタの導入だよ!」
思いっきり振り切ったあかねの腕が、俺の胸にストライク。思わず咳が出た。
練習なんぞ無意味だと悟り、座り直す。
もう三分前。ずっとしまっていた質問事項が、半ば無意識に出た。
「……もし、弟か妹ができたって話になったら、どうする?」
「いや、そりゃ元気な赤ちゃん産んでねって、それしか言えなくない?」
迷う様子はなく、すぐに返してきた。そりゃそうだ。
「場合によっては、いや確実にその場合、俺もバイトしなきゃな……せっかくだからマルスエでバイトするかな」
「……じゃ、私もする」
「やめとけやめとけ。みんなから愛される姫が、そんな街中のスーパーでバイトしてたらまた変な誤解を生むぞ。あと客がお前目当てでめちゃくちゃ来て、過度に忙しくなりそうでイヤだなぁ。てかさ、タダでさえ学校終わったら家でぐったりしてんのに、ムリだろ」
「そうだけど、一人で夕飯食べるなんてできないもん」
「それは、お前が料理覚えりゃええやん」
「やだー。てか、そういうことじゃないし」
じゃあどういうことよ? と返す前に、ぷいっとそっぽを向いてしまった。
やれやれ、めんどくさがりだなぁ。
――ジリリン! と、マインの着信音。
「来たぞ!」
「うん……」
意を決して、通話ボタンを押す。
『やー、ごめんね、最近電話できなくて。元気だった?』
『あかねも、塔司くんに迷惑かけてない? ……あら? 二人ともなんだかずいぶんと笑顔ねえ。なにかいいことでもあったのかしら』
フフッと笑う美月さん。
いやー作り笑いですねぇ、はい。
「元気元気! で、話って何さ?」
『ああ、実はね……』
引き延ばしたって仕方ない。わかる時はわかるんだから。
親父は画面の向こうで、にこりと笑った。すると……美月さんの右手が、お腹へ向かう。
「やっぱり……」
ごく小さなあかねの声が、耳に入る。
――オーケー、もう覚悟はできたぜ、お二人さん。
『……二人で話し合って、結婚しないことにしたんだ』
「「…………は?」」
ハモる。
美月さんの右手は脇腹へ。ただ体を捩って軽いストレッチをしているだけだった。
「ちょっと待って。え、別れたってこと!?」
あかねの大声に、思わず体がビクつく。
そうか! 二人が仲良い前提で家族が増える方に行っちゃったけど、破局だってあり得るんだよな……。今笑ってるのも、いい大人だし別れるにしても円満に別れたからなのかも。
そしたら、あかねとは……。
『あ、違う違う! 今はってこと』
美月さんがあわてて付け足す。
『うん。やっぱりお互い、学さんと優にけじめは示さなきゃと思って。君たちが高校卒業するまでは、結婚しない。俺たちだけ舞い上がってたって仕方ないもの。まず、親として君たちの人生を後押しすることが、一番の役目だからね』
母さんへの、けじめか。
なんだかんだで、ちゃんと考えてるんだな、親父。
「……うん、わかった。二人で決めたことに、異存なんかないよ」
二人で頷く。
「ママ、ありがと」
あかねも満足そうに、何度も頷いていた。
それから三十分ほど、近況報告や他愛もない話が続いた。大して中身のない、されど中身のないことが楽しかった。
『じゃあ、年末には帰るから。バイバーイ』
独特の電子音とともに、通話が切れる。
すると途端に、疲れがやってきた。二人でピッタリ同時に、畳へと仰向けに体を投げ出す。
「……っあー!!」
「緊張したー!!」
ていうかぁ。
「苦労取り越しすぎだろー!」
「それなー!」
天井に向かって、二人で声を張った。
そして――
「ははははは! バカだな俺たち」
「バッカバカしくて笑っちゃう!」
二人でしばし、飽きずに笑い合った。
ああ、楽しい。楽しいな。
そんな当たり前のことが、とんでもなく愛おしい。
「……ふぅ、さてと」
ひとしきり笑うと、あかねは上半身だけ棚に寄りかかって、いつものL字姿勢。
「緊張解けたら喉渇いた。カルピスちょーだい」
「わーったよ。俺も飲むし」
俺は立ち上がり、台所へ向かう。
居間の引き戸に手を掛けたところで、ふと振り返る。あかねは、また目も口も半開きにしていた。せっかくの腹巻もずれ、へそまで半分出ている。
俺だけしか知らない、その半開きの顔。
この顔は形容しがたいから、芽依ちゃんにもマジョにも伝えてない。実際見てもらうしかない顔だ。まあ、二人の前ではさすがにしないか。
「……ふふっ」
そう思うと、見飽きてるはずのその顔が、なんだか妙におかしくて、笑ってしまった。
「ちょっと、なんで今笑ったの?」
「なんでもねえよ」
半開き姫とすなおうじ――世界よ、これが俺たちだ。
終わり
★これにて完結です!ご愛読ありがとうございました。
本作が面白かった!という方は★や評価の方、よろしくお願いいたします。
半開き姫とすなおうじ~クラスの愛され系お姫様は、俺の家ではただの干物女です~ 豊島夜一 @toshima_yaichi
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