第19話 さらば、お姫様

「いよっ! 頑張ってるね!」


 ――そんな日々の中、文化祭まで二週間に迫った金曜日。

 朝、昇降口でマジョに呼び止められる。四時半までしかいられないと言っていたマジョは、もはや何かと理由を付けて、姿すら見せなくなっていた。俺は別に芽依ちゃんと二人でもこなせそうだから構わないし、芽依ちゃんも言及する様子がないので、怒ることはないが……。

 けれど、さすがに二人きりなれないから来るな、とは思っていない。手伝ってくれるなら頼みたいことはある。


「ああ、順調だと思う。てか、マジョも係なんだから来いよ」

「ホラ、私家庭の事情あるから、中途半端に関わっても逆に面倒じゃん?」

「……もしかして俺に気を遣ってんのか?」

「あ、さすがにすなおうじでもわかる?」

「あのさぁ……まあいいや」


 ありがたいけど、係に立候補した以上仕事はしなさいよ。と思ったが、説教臭くなるだけなのでやめた。


「で。芽依ちゃんとの距離、縮まってんの?」


 んん~? と楽しげな顔。まったく、恩着せがましいな。しかし、


「いやマジで、感謝してる! こんなに話せてるのも、マジョのおかげだよ!」


 感謝はちゃんとしないとな。

 ま、どうせ「あーハイハイ、よかったね。存分に感謝してよ」とあしらうか、からかってくるんだろうけど。


「……べ、別に。すなおうじがいいんなら、お膳立てした甲斐があったっていうか」


 髪をくるくる指で巻いて、俯いて答えた。

 アレ、変だな。そんな反応するの? またバカ正直に気を回して、困らせちまったか?


「ん……それじゃね」


 急に歩を早めて、スタスタと先に行ってしまった。なんでぇ、面白くないからって。


「さて……」


 俺も遅れて歩き出すと、教室への道すがら、連絡用の掲示板前で人だかりができていた。重大な連絡でもあるのかと寄ってみると、なんのことはない、ミス&ミスターコンテストの中間結果だ。

 強制ではないから、俺は投票すらしていない。まあ、俺の中のミスは芽依ちゃんって決まってるし……待て、よ。

 もし俺以外に芽依ちゃんに投票しているヤツがいたら、どうする? そいつは、俺のライバルかもしれんぞ!

 あわてて戻り、人混みの入れ替わりに乗って確認する。ミス側の一位から最下位まで目を皿にして見るが、土屋芽依の文字はなかった。

 というか、一位が票数ぶっちぎりで、他は校内でよく目立つギャルグループの先輩が数名いるだけだった。やっぱりこういうのは目立つタイプの人しか上らないか。芽依ちゃんの魅力が広まっていないのは、うれしいような、義憤に駆られるような……。


「あ」


 もう一度眺めて、ようやく気付く。一位、あかねじゃん。ミスター側はプリンス。こちらもぶっちぎり。

 ……いいこと、なんだよな? だってそれだけみんなから愛されてるって証だし。


「…………」


 用は済んだと人混みから外れると、


「あれ?」


 遠く、階段の下にあかねが見えた。話しているのは、マジョだ。珍しいな。二人ってそんな接点あったのか? 

 だがすぐ会話は終わったようで、別れていく。


[――あかね。いつまでも、みんなから愛される子でいてね。]


 あの時のあかねの柔らかい声が、粘性を帯びてまとわりつく。

 どうして、こんな胸騒ぎがするんだろう。


   ◆ ◆ ◆


 今週は基本的な体裁を決めたり資料集めに時間がかかり、俺と芽依ちゃん二人合わせても、レポート原稿は二本しか書けなかった。

 ただ、出典が信頼でき参考になるサイトをいくつか見つけ、ペンギンの生態の書かれた図鑑も借りておいた。土日に進められるだけ進めよう。そして月曜日に、お互いに原稿をチェックし合う手筈になっている。


「ふいー、ただいま」


 家に帰ると、いつもどおりあかねが先に帰っていた。


「おかえりなさい」


 台所にいたあかねを横切り、やはりうがいと手洗いを欠かさず、部屋着に着替えて居間に座り込む。


「カルピスあるよ」

「あ、うんありがとう」


 あかねは静かにカルピスをちゃぶ台に置き、自分も座った。


「あーおいし」


 ちゃんと牛乳入りだ。飲むと優しい甘みが口に広がる。

「ジャガリコーンもあるよ」

「お、禁忌の組み合わせだな」


 スティック状のスナック菓子・ジャガリコーン。そのしょっぱさとカルピスの甘味の波状攻撃に、手が止まらなくなる。夕飯前だが、ま、少しくらいいいか。

 サクサク、ゴクゴク。ズズズーと飲み終わり、カランと氷が鳴った。


「たまらねえなぁ」

「じゃ、洗っとくね」

「うん、頼む……わ……」


 あかねが台所に立ってる……? ヴォアッ!?


「おい! どうしたんだよ急に!?」


 うっかり胃の内容物を吐き出しそうになるところを、あわてて止める。


「何が?」

「お前いつもこんなことしないだろ!」

「……まあね」


 同時に気付く、台所の異物。大きなリュックサックが、あかねの隣にある。


「ブラックキャッパー設置してからもう一週間経ったじゃない? だから、もう帰るね。十分効果も出てるだろうし」

「そうか、もう一週間も経ったのか」

「それと、お母さんと陽太さんが帰ってきた時、今度こそ婚姻届出すでしょ?」

「だと思うけど」

「……それまで、別々に、他人として暮らそう。朝も来なくていいし、夜も行かないから」

「…………は?」


 話の飛び方が分からない。なんでそうなる?

 それと、貼り付けたような微笑み、やめて欲しい。


「なんでだよ? なんで急に、そこまで」

「土屋さんのこと、好きなんでしょ?」

「…………………………………………」


 ――あア亜嗚呼!?


「え! なんで知ってんの!?」

「私が土屋さんのマインがどうのこうの言った時点で、感付かれてると思わない? 普通」

「それは、だって……言ってなかったから、バレてないだろうと」

「素直すぎる……素直過ぎてもうボンクラだ……」


 頭痛でも起きているかのように、指を額にやった。


「まあいいわ」


 あかねはリュックを背負い、立ち上がった。玄関へ向かうのを、追いかける。


「好きな人がいるのに、あんたに他の女の影が見えちゃまずいでしょ。それに、やっぱり家では家族、学校では他人で通すなんて、無理があったんだよ」


 今さらお前がそれを言うのか!? と言いかけて、フラッシュバックする。

 ちょうど一週間前、二人で漫才した光景――


「……お前、料理できないじゃん。ゆで卵だってうまく剥けないのに。なぜか殻に白身がくっついてさ」


 違う。言わなきゃいけないことが、ズレている。

 でも、そのズレを正す言葉が、出てこない。

 ……なら、これでいいのか……?


「子どもじゃないんだから、どうにかできるよ。ご飯くらい」


 あかねは靴を履きながら答えた。

 ドアノブに手をやって、俺の方を振り向く。

 とても儚げで、優しい微笑み。


「それじゃ、また、学校で」



★次回『ただの冴えない庶民』につづく。

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