第34話 本物の王子
「――塔司くん! 氷室さん!」
張り詰めた沈黙を切り裂く、芽依ちゃんの声。
「……う、ん……」
頭に痛みが走っていることに、他人事のように気付く。自分が自分でないような。
えーと……うん?
「大丈夫!? 大丈夫だよね!?」
あかね、そんな悲痛に満ちた声を上げるな。聞こえてるから。
ゆさゆさとあかねに揺すられて、落ち着いて状況を確認する。
セットは俺にもたれかかって、歪んで斜めに着地している。俺はしゃがみこんでいて、右腕であかねをかばっている。
でも…………全然、平気だぞこれ。うん~?
あかねから先に、しゃがみ歩きでゆっくりセットから抜け出す。ふっとんでいたマイクを回収し、べったり壇上に倒れたセットを踏んで前に出る。あかねの手を引いて一言。
「――あーびっくりした」
マイク越しに、誰もが黙りこくった空間で俺の言葉だけが漂う。
「……すなおうじー!!」
また、誰かの声。いや、声色でわかるぞ。マジョだ。
「「「――なんだそれーーーーーー!」」」
すると、マジョの声に押し出されるように――爆笑の渦。
そしてなぜか。
「王子! 王子! 王子! 王子! 王子! 王子! 王子! 王子! 王子! 王子!」
謎の王子コールに発展。なんじゃそりゃ。
文化祭実行委員会がやっと出てくると「とにかく保健室へ」と促されるまま、花道を通って出て行くことに。俺とあかねが並び、芽依ちゃんが続く。
ただ、一歩一歩進む度、
「王子! 王子! 王子! 王子!」
拍手喝采で送り出される。
「……あんた、ここまで来たら、笑顔で応えるもんよ」
あかねの耳打ち。さすが姫、心得てらっしゃる。
やれやれ、コレもあかねのため、ですかね。
「……どうもどうも……」
顔に血が上る感覚を覚えつつ、手を振って応える。
どうもはねえだろ……恥ずかしくてたまらねえ……! やっぱ俺は王子って柄じゃないわ。
「――なんじゃこりゃあ!」
保健室につくやいなや、鏡に映る俺を見てはじめて気付く。
全身ペンギンのくせに、頭だけ王冠。冷静に考えてみりゃそうなのだが、ここまでシュールだとは思わなかった。こりゃ笑われるわ。
養護教諭の先生に頭を見てもらったが、血の一滴も出ていなかった。三人とも軽傷すらなく無事。先生は報告のため出て行き、俺たちだけになる。
「あの本当に、大丈夫なんですか」
芽依ちゃんが右側から覗き込んできた。不安の色に染まった顔。
「全然! なんともないよ。セットが当たった時、王冠の縁が食い込んだのが痛かったけど……あっ」
あらためて王冠を手に取って見る。よく見ると亀裂が入り、割れていた。
「これが、守ってくれたんだね」
今度はあかねが、左側から覗き込む。
なるほど……身代わりになってくれたのか。そう思うと、樹脂製のいかにも安物な王冠が愛おしく思えてきた。本物の王冠に引けを取らないぜ、お前。
「……あ!」
ふとその時のことがフラッシュバックし、思い当たる。そうだ、俺、芽依ちゃんを突き飛ばした時、思いっきり胸を……! あ、感触がよみがえって来ちゃう! 意識したら来ちゃう!
「ご、ごめ、め、芽依ちゃん、突き飛ばした時」
「何も謝るようなことはないですよ。私は助けてもらったんですから」
手を振って屈託のない笑み。これ以上はヤボってもんか。「ははは、そっか」とだけ添えておこう。
「……キモ」
対してあかねは、吐き捨ててそっぽを向いた。
あちゃぁ、女子だもんな、見抜かれたか……。
ガラリと戸が開く音。一斉に振り向く。
「砂岡……それに、姫、土屋さん」
プリンスだ。
「……すまねえ!」
入ってくるなり、頭を下げる。今日はいやに、謝られたり謝ったりだ。
「いや、確かに、北大路くんが原因ではあったけど、もともとボロっちかったし。立て付けも悪かったし。結果的に何ともないから」
「そうじゃないんだ」
芯のこもった通る声。そうか、声もいいんだよな、この人。
「目が覚めたよ。氷室さんは俺じゃ守れなかった。それどころか危険に晒した。このザマだ」
「それって……」
芽依ちゃん問いかけに、プリンスは美しくキマった所作で頭を上げる。
「全部すなおうじの言ったとおりだ。本当は、わかってた。わかってたから、逃げ道を塞ぐ最低な行為で、手に入れようとした。後先考えず、本人の気持ちを無視して。俺は、とても姫にふさわしいような人間じゃない」
体ごと、あかねに向き直る。
「ごめん、姫……氷室さん、迷惑だったよね」
あかねも立ち上がり、丁寧に頭を下げる。美しい滑らかな所作で。
「ごめんなさい、お気持ちには応えられません」
うん、と小さく頷くプリンス。すぐ「それじゃ」と、踵を返す。
もう大丈夫だ。これ以上、何も言うことはないだろう。
「……すなおうじ」
帰り際、ふと俺へ顔を向けた。
「俺はプリンスだとか言われてるけど、本物の王子はお前だと思うぜ。すなおうじって、砂漠の国の王子ってカンジで、ちょっとかっこいいじゃねえか」
軽く手を挙げ、プリンスは去っていく。キザだなぁ。それが絵になるってやっぱすごいぜ。
しばらくして養護教諭の先生と実行委員会の面々がやってきた。実行委員会の委員長から謝罪、そして明日中にセットの撤去と廃棄を約束されて、手打ち。養護教諭の先生からは、俺とあかねは念のため明日午前中、指定の病院で診察を受ける指示をもらう。
「……それ持って帰るの?」
あかねに問われたのは、割れた王冠。
「このまま捨てられる運命なら、俺が持っておきたいから」
せっかくだから、王冠の割れた部分を接着剤で補修。その円の中に、母さんの写真立てを置くことにした。
★次回『姫の歌の中で』につづく。
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