半開き姫とすなおうじ~クラスの愛され系お姫様は、俺の家ではただの干物女です~

豊島夜一

第1話 学園天国

 今でも鮮明に思い出す、彼女と出会った日のこと。

 優しい光が降りそそぎ、暖かさにふんわりと包まれるような、晴れた春の日だった。


「隣に住んでる砂岡という者ですが、お手伝いしましょうか!」


 お隣さんに突っ込んでいく親父。その後を追った先に、銀髪をなびかせて、彼女はいた。


 ――とんでもない美少女だ。


 真っ先に思ったのは、何の工夫もない言葉。

 大抵の男は目を奪われ、気後れする。しないのだとしたら、よっぽどの自信家かバカかどちらかだ。


「え!? 陽太くん! 陽太くんじゃない!?」

「美月ちゃん!?」


 上ずった声が聞こえた。

 いつの間にやら親父は、ワンボックスカーから荷物を運んでいた女性と楽しげに話し込んでいる。


「……なんだか、盛り上がってますね」


 その美少女が、ニコリと笑って話しかけてきた。親父を追ってきたはいいけれど、俺は思わぬ展開に完全に行き場所を失っていた。突然置いてけぼりをくらったのは、彼女も同じだったらしい。


「み、みたいですね」


 その完成された微笑みに、初対面以上の緊張を覚える。気の利いた言葉など吹き飛び、ただ同調するしかできない。


「お隣さんなんですか?」

「そうですね。すぐ裏の、こじんまりしたあの家に親父と住んでます」


 ブロックの垣根越しに見える、ボロいわが家を指差した。


「お父さんと? あの……父子家庭なんですか?」

「ええまあ。頑張って二人でやってます」


 でへへ、と気色悪い笑いが漏れる。もうちょっとスマートに対応できないものか、と勝手に自分で自分を叱咤する。


「……私も母子家庭なんですよ。もしかしたら、長いお付き合いになるかもしれませんね」


 対照的に、彼女は静かに落ち着いて、互いの親たちへと目を向けた。


「……」


 瞳に、愁いがある。

 親たちの様子からすぐに察した。頬を紅潮させつつ、再会を喜ぶ二人。


「本当に、楽しそうですよね」


 またニコリと目を細めて、再び俺へ顔を向ける。


「……」


 浮かれていた、と不思議と自覚できた。

 その微笑みが、氷のように割れてしまうんじゃないかと思った。

 その美しさを手に入れるより、なんとか守ってやりたいと思った。


「――今は無理して笑わなくても、いいんじゃないですか?」


 気付けば、口に出していた。

 彼女は丸く目を見開いていた。予想していなかった返答に驚いているのが、見て取れる。


「あ、すみません! ただ直感でそう思っただけですので!」

「……あの、全然構いませんので、どうぞ続きをおっしゃってください」

「……俺の話なんですけど。子供の頃、母さんを亡くしていて。俺も泣いたけど親父はもっと辛かったと思うし、幸せになってほしいんです。でもかといって、母さんを忘れられるワケないじゃないですか。あーと、言葉が多いな、要は言いたいことは」


 頭を掻いていた手を下ろし、俺の方から向き合う。


「複雑な気持ちなのは当たり前で、今は笑顔でいられなくてもいいと思うんです。もっと自分の気持ちに素直になっていいんじゃないかと――」

「……」


 物珍しい。彼女の視線がそう言っていた。

 視線に耐えられず、思わず俯く。


「ごめんなさい! 初対面なのに踏み込みすぎましたよね」

「……いえ、全然、謝ることはないですよ。そういえば、自己紹介がまだでしたね」

「あ! 俺、砂岡、砂岡塔司すなおかとうじって言います! ってすみません先手取っちゃいました!」


 いや先手ってなんだよおかしいだろと、遅まきにセルフツッコミ。


「……おかしな人」


 クスクスっと、かわいらしい声が聞こえた。

 本物の笑顔だと、確信できた。


「よろしく、砂岡くん。私の名前は――」


   ◆ ◆ ◆


 まるで『学園天国』の歌詞そのものだ。男子の視線は教壇の前でクジを引く、一人の女子に注がれている。

 雪のごとく白い肌、氷のような透明感。あかねさす頬と唇に、ふんわりボブカットの銀髪。儚げなその姿はまるでお人形。余分な飾り気のない、正統派美少女。

 彼女の名は、氷室あかね。

 レジ袋でできた急造クジボックスから手を引き、期待の視線に応えて紙を開く。書かれている番号を軽やかに告げる。


「一番です」

「「「うおおおおおおおおおっしゃーーーー!!」」」


 一部の男子のテンションが血糖値スパイクのごとく爆上がり。まあ無理もない。これから平日は、合法的にあんなカワイイ子の近くにいられるんだから。


「よっしゃ俺二十五番だ! 一番とY軸値合ってる!」


 いやX軸では対極だよ! 端と端で間に四人もおるわ! などというヤボなツッコミも、今はしまい。


「全員引き終わりましたので、黒板のとおりクジ番号の席まで移動してください」


 クラス長の川辺さんの合図で、各々起立して机と椅子を持ち上げる。黒板の座席表に示された位置を確認しつつ、移動開始。我が新城学園一年A組は、廊下側と窓側の列が四席、その間に五席ずつ四列が配された、計二十八席。


「よう、砂岡。お前どうだった?」

「四だけど」

「四? へえー氷室さんの近くでいいじゃん」

「別にそんなんじゃねえよ」


 すれ違いざまに、からかって笑ってくる右京。

 そうなのだ。窓側、教師席の目の前が一番だから、後方に二つ席を挟んだところが四。俺もX軸ではバッチリ合っちゃってるんだよな。

 でもなぁ右京、口には出せないけど、俺はな……あいつから『もっと離れたかった』んだ。

 俺がお近づきになりたいのは――


「どうも、砂岡くん」

「あ、ふぉ、グリポォ!」

「ぐりぽぉ……?」


 土屋芽依ちゃん! この人だよ!

 あれでもどうして? どして土屋芽依ちゃんがこんなに近くに!? やめて、急に来ないで、心臓に悪いから!


「私、八番でして。だから、砂岡くんの隣ですね」

「あふるっぽ!」

「アフルッポ……?」


 四番の位置に、思わず落とすように机と椅子を設置してしまった。


 ウソでしょ! いやウソでは困るのだが! 

 やったー! やったぜぇ! やっぱり俺はなんだかんだで強運だ! 芽依ちゃんの隣になれるなんて!



★次回『開かず姫とすなおうじ』につづく。

面白かった!という方は★・コメント・フォローよろしくお願いいたします。

初日は第4話までアップします。

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