光の中で 5
明日の試合を考慮してか、食事会は早い時間にお開きとなった。
食事中も適度に会話が弾み、互いの故郷のことだったり、趣味の話だったりといわゆる普通の同年代がするような話で盛り上がった。
会話の中で空木晴月についてひとつ分かったことがある。彼は彼の作風に相反して、結構夢見がちなタイプだということだ。
彼の作品はリアルな描写かつ、現代社会に切り込むような内容を取り扱っている。しかしわたしと話す空木晴月は、作家・空木晴月からは想像もつかない程夢を見ることが好きであり、リアルではなく空想を生きる人間だった。
本人曰く「現実は退屈だから逃げてるだけ。そんな現実に向き合おうとする舞は立派」だそうだ。これもまた新たな視点だったので、なんだかハッとさせられた。
最後は会計の問題で少し揉めたが(晴月が自分から誘ったのだから全額出すと言って聞かなかった。最終的に“本日の取材料金”として丸め込まれてしまったので、機会があれば次回は彼の居ない間に支払いを済ませておこうと心に誓った。)、そんな事も含めて良い思い出として鼻歌交じりにホテルに戻った。
「あれ? 舞ちゃんじゃーん。今帰り?」
ホテルの敷居を跨ごうとしていた刹那、後ろから声がかかった。振り向くと、黒いロングのダウンに身を包んだ景湖が立っていた。……鼻歌、聞かれてなければいいけれど。
「はい。景湖さんも今帰ってきたんですか?」
「そ。お互い明日試合だから帰ろーつって。で? 舞ちゃんは何食べてきたの?」
「小籠包です」
「へー。誰と?」
「だ、誰とでもいいじゃないですか! 別に!」
「へえ?」
完全にからかいの目を向ける景湖に半ば苛立ちながら足を進める。ねえ、誰と行ってきたのよう、なんてわたしを小突く彼女と共にエレベーターに乗り込んだ。行先階を押し、扉が閉まる。
しまった。エヴリンと行ったことにすればよかった、と思ったけれどももう遅かった。
友人と夕食を共にした帰り道、舞を見掛けた。声を掛けようと手を上げかけたが、妙に上機嫌な彼女を見てあたしの中の好奇心が「もう少し観察してみよう!」とあたしを誘った。
試合前はナーバスになりがちな舞だが、今の彼女からはナーバスどころか浮かれたオーラが漂っている。緩んだ口元にふわふわと揺れる頭。鼻歌でも歌ってるんじゃないか。そうだったら尚更面白い。
一体彼女に何があったのだろうか。あのエヴリンと食事にでも行ったのだろうか。何にせよ、彼女にとって大きなトラウマになっているであろう中国杯を前にネガティブを持ち込まないことはいい事だ。
ホテルの前に着いたので、頃合かと思い声を掛ける。
振り返った彼女は、悪戯がバレた子どものような顔でこちらを見ていた。これは何かやましい事でもあるのだろうか。コーチの勘ではなく、女の勘が働いた。
「舞ちゃんは何食べてきたの?」
「小籠包です」
「へー。誰と?」
一瞬目が泳いだ。答えを探している時の目だ。食事の相手がエヴリンならばこんな顔はしない。
「だ、誰とでもいいじゃないですか! 別に!」
男だ。完全に男だ。
正直、試合前に舞が誰と絡もうが何をしようが試合に影響を及ぼさないのであれば良いのだが、彼女のこんな一面を見たことが無かったので俄然興味が湧いてしまった。
悪い大人の好奇心というやつだ。しかしあんまり深掘りするといよいよ嫌われかねないので、適度に茶々を入れる程度に留めておいた。
舞と別れ、自室のソファに深く腰を沈める。
「身内か……? それとも______」
何にせよ、あの精神状態ならば明日のコンディションは期待出来そうだ。
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