月光とロマン 4
「いっておいで」
強く強く押された背中。それはフョードルの手とよく似た、暖かく力強い手だった。
ポジションに付く。今までに経験したことのない妙な緊張感が身体中を忙しなく駆け巡っていた。だが、上がっている感じはしていない。
穏やかな始まり。イメージは広い湖に静かに落ちた一枚の枯葉。落ちた枯葉は漂っているだけだったが、やがて自身が作った連鎖的な模様がとても美しいものだと気が付く。模様は物理的法則に従って広がり、そして儚く消えてゆく。枯葉は、自らが生み出した存在が楽しくて、面白くて、もっと生み出したいと思うようになる。
水を知り、一緒になって戯れる。水滴から大きな波まで、枯葉は共に美しい芸術を生み出してゆく。
ぶわり。突如風が枯葉を持ち上げた。枯葉は水と離れることが堪らなく寂しいと感じたが、心のどこかではまた逢えるという淡い期待を抱いていた。何より風もまた、面白い存在だった。
羽が付いたようだった。手足を大きく広げ、風を感じる。美しいスカートがわたしの腿を撫でた。
風が勢いを増すにつれ、水もまた大きな力を持って枯葉に押し寄せてくるようになった。また逢えたね、再会の喜びも束の間、枯葉の中では風という存在もまた離れ難い存在になっていることに気がついた。
ならばいっそ、全員が手を取ればもっと美しいものができるのではないか。
風につられ、水も段々と力を増し、飲み込まれそうになってゆく。身体は悲鳴を上げていた。だってわたしは枯葉だから。始まりは、ただ消えゆくだけの水分の抜けた茶色い枯葉だった。しかし今、命の灯火を燃やして奮闘している。どう在れば自分らしく居られるのか、どう在れば、水と、風と、共に生きてゆけるのか。
ああ、そうか。このプログラムは共存がテーマだったのか。水や風を個として切り離すのではなく、グラデーションのように鮮やかに連なった関係性だと捉えていれば答えはもっと早く手に入ったはずだ。
風が水を掬って水が大きく跳ねる。枯葉が空を舞い、湖面を撫で、水滴が太陽に光る。
生きている。わたしはここに生きている。
生命の悦びが聴こえる。消えそうな命がその前にもたらした、最期の幸いを、出逢いを、いっぱいに手を伸ばして受け取ろうとする。
傍から見れば小さな存在だ。ごくありふれた、長い人生の中の一瞬の出来事だ。だけどそれが大きな意味を持つギフトとなった。
わたしにとってそれは、フョードルからのフリープログラムだ。
「見てて、そこから」
天から。
削れた氷が宙を舞い、細かく光を反射する。
朝日景湖が見せてくれたフィギュアスケートの美しさ。フョードルが与えてくれた技の数々。みんなが繋いでくれたから、わたしは今ここに居る。
会場は、その日一番の歓声に包まれた。
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