光の中で 14
帰国後、すぐにNHK杯に向けての調整が行われた。どうやら景湖が言った「4回転は無し」というのは本気らしく、彼女に言わせれば技に頼りすぎるなということらしい。
言われてみれば、中国杯のフリーは表現の部分の評価に大きく救われた。景湖が掲げたNHK杯の目標はパーソナルベストの更新と金メダル。
わたしの持つパーソナルベストはショートは非公式ながらも76.38。フリーは公式記録として157.19。一応世界トップ10の記録にも乗るレベルの点数なのだが、朝日景湖はその上をゆく、一時期の世界歴代最高得点保持者だ。その上、何度も自分の記録を更新し続けて、「いつか朝日景湖だけの世界ランキングになってしまうんじゃないか」と恐れられた存在だ。そんな嘘のような本当のことをけろりとした顔でやってのける彼女に逆らえるわけもなく、「出します。記録」と意気込んだ。
「月光もトゥーランドットも伸び代しかないんだから。とにかく練習あるのみ! 残り少ない日程、詰めてくよ~!」
体力の限界まで追い込まれ、数ミリ単位で修正が入る鬼指導。景湖の使う言葉はいつだって美しかった。的確な指導だからこそ刺さるものはあれど、決してわたし自身の表現を否定したりはしなかった。
「うん。良くなってきた。月光のテンポにもついていけてる。ただ、まだ所々が疎かになるね。心に気を取られては爪先が疎かになり~爪先に気を取られては心が疎かになり~って感じで」
「はい」
「第3楽章は葛藤をモチーフにしてるって言ってたよね。葛藤してる時の余裕のなさはよーく伝わる。だけど少しのゆとりは欲しいな。難しいこと言ってんのは分かってんだけどね、舞ちゃんなら出来ると思って」
わたしを信頼してくれていることも、十分に分かっていた。不安を時折スパイスにしつつ、わたしたちは順調にプログラムの完成度を高めていった。
そして来たるNHK杯本番。北海道札幌市で行われる本大会の為、わたしたちは札幌の地を踏んでいた。
「やっぱ札幌雪多いね~」
「都会ですね」
「終わったらさ、すすきの行こうよ」
「絶対言うと思ってました」
そんな感じで深い雪道を履きなれた冬靴で歩く。同じ北海道といえど、札幌のような都会まで出てしまうと、胸を張って「地元です」と言えない気がするのは地方あるあるだろうか。
「さて、準備はいい?」
「いつでも」
「中国杯で泣き腫らしてたのが嘘みたいな顔してんね。その意気だ」
「気付いたんです。わたしはここで立ち止まってる場合じゃないって」
NHK杯の開幕だ。
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