光の中で
女子フィギュアスケーターが主役の小説を書く。そう宣言した晴月はその後も熱が冷めることなく喋り続けた。彼には寡黙な印象を抱いていたので意外に思ったが、それ程までに熱量を持ってスケートのことを考えてくれていると思うと、こちらまで胸が熱くなった。
好きという感情は人を突き動かす原動力になる。今、晴月の中には書きたいという気持ちが渦巻いている。じゃあわたしは? と自問した。いよいよ引退とかなんとか考えている場合ではない。
微睡みの中で夢を見た。晴月の小説がヒットし、女子フィギュアスケートが脚光を浴びる日の夢を。否、フィギュアスケートという競技自体が再評価され、シングルだけでなくアイスダンスも、ペアも注目を浴びる世界。大会のフィナーレのように各国の選手一同が手を取り合って氷上に立ち、光を受ける。
______人生は小説のように甘くないと知りながら。
「ッ……!」
飛び起きて真っ先に時刻を確認した。日本と北京の時差はマイナス1時間。普段の感覚で起きたら遅刻する、という焦りからか、予定よりも30分も早い目覚めだった。
布団に籠っていたい気持ちをグッと堪え、寝巻きの上にフリースを羽織り、厚手のルームシューズを履く。エアコンもつけたので、しばらくすれば部屋の気温も上がってくるだろう。
持参したルイボスティーを淹れ、窓に面したソファに腰を下ろした。ぼんやりした脳が徐々に覚醒していく。マグカップに触れた手がジンジンと温まってゆくのを感じた。ほう、と息を吐くと湯気が揺れ、溶けるように消えた。
何か良い夢を見ていたような気もするが、脳が覚醒するうちに細かい内容は忘れてしまった。性格上、良い夢を見た時には心が浮かれている証拠、と悪い方向に捉えがちだ。だから内容は記憶していない方が良い。心が浮かれていると気持ちも弛む。程よい緊張感も試合前の大事な要素だ。
そのままうっかりソファで寝落ち、なんてことが無いようにスマホで新プログラムの音源を流した。わたしにとっての夜明けの音楽が脳の覚醒をより促してくれる。
強ばった身体を動かそうとゆっくり柔軟を始めた。清々しい朝は今日一日が素敵な日になることを予感させる。どうかそうなりますようにと願いながら、鈍く光る太陽に向かって手を伸ばした。
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