誰が為に夜は明ける 3

 轟音と共に飛行機が滑走路へと着陸した。羽田国際空港からおよそ11時間のフライトを経て、わたしたちはグランプリファイナルの開催地であるバンクーバーへと降り立った。そこはかつて景湖がオリンピックを期待されていた土地であるだけに、彼女なりの因縁があるのかと思っていたのだが______どうやら邪推だったらしい。

「前にモントリオールのスーパーで買ったメープル、こっちにもあるかなあ。あと食べるとしたらサーモンは欠かせないよね。ね、舞ちゃん何食べたい?」

 少しでも心配したわたしがバカみたいじゃん!

 元々景湖は試合で行った土地を最大限楽しむタイプだ。観光雑誌を購入し、有名な土産物や店のチェックをして大会の隙間の時間を狙って最大限の観光をする。聞けば現役時代もそのような感じだったらしい。

 まあ確かに、結果として景湖はバンクーバーオリンピックへの出場が叶わなかった選手であるが為にバンクーバーの地で何か辛い思いをした訳では無い。むしろこの感じだと、来られて良かったーくらいに考えていそうだ。

 ようやく空港を脱出し、外の空気を吸った彼女は開口一番「ずっと来てみたかったんだよね~! ん~うれしい」ととびきりの笑顔を見せた。何か含みのある言い方に一瞬身構えたが、景湖は後にこう続けた。

「我慢出来ないからサーモン、あたしが先に食べるね。舞ちゃんは試合終わってからになっちゃうけど許してね」

 景湖はどこまで行っても景湖らしい。それにとても救われた。

 今回のグランプリファイナルの女子シングルは日本、アメリカ、中国の各国から1人ずつとロシアから3人の選手が集った。

 アメリカ代表はもちろんエヴリン・ミラー。ジュニア時代から合わせて幾度となくファイナルの地を踏む実力者ではあるが、優勝経験は未だ無い。今シーズンのプログラムには4回転は入っていないが、中国杯の時に見せてくれた4回転を見るに相当練習を積んでいる。ファイナルでは入れてくる可能性が非常に高く、警戒すべき相手である。

 中国代表は林雨桐。昨シーズンのファイナルの成績は4位と惜しくも表彰台を逃している。クアッドジャンパーでは無いが、フィギュアスケートはプロトコルでのみ構成されている競技では無い。雨桐の細かいエッジワークは世界でも指折りの技術力だと評されている。音楽の解釈や表現の面で点数を大きく伸ばし、優勝台に上がる可能性は十分に考えられる。

 ロシア代表の中で最も注意すべきはやはりアリョーナ・トロシュキナだろう。昨シーズンのファイナル優勝者であり、他大会でも多くの金メダルを獲得しているロシアの超新星。ジュニア時代からしなやかで高いジャンプを武器としており、シニアデビュー後からは4回転を解禁した。作り物かと疑いたくなるほど精度の高いジャンプは、最高でGOE+4が付くという女子の4回転としては異例の評価が下された。

 初優勝か、連覇か、悲願の優勝か。世界女王に輝くのはたったひとりだけ。

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