第32話 教えてくれよ

 刹那もサイドテーブルのスマホを操作して、またサイドテーブルに戻した。


 そして、その隣にある大ぶりの鋏を手に取る。


「せつ、な」


 手が、痛い。フライトの間も、現地に着いてからも、このホテルに連れ込まれた時も、ずっと握られていた左手が痛い。


 刹那は、笑いながら伊吹が着ているシャツに鋏を入れる。ジャキジャキと、耳障りな音がする。伊吹の着ているTシャツが真っ二つになる。中に着ていたタンクトップにも鋏が入れられる。胸に触れる金属の刃が、とても冷たい。


「まだ、細いな」


 そう言いながら、露わにされた伊吹の腹の上に刹那は手を置いた。


「それなのに、俺達から逃げようとしたのか?」


 まったく無茶をする、と呆れた様な言い方だった。


「こちらだって、待とうって思っていたんだぞ? 痩せていたし、体力も落ちてるだろうしって。でも、俺が伊吹を思っていた間、伊吹は早速俺達からまた逃げる為の計画を練っていた訳だ」


 ひどいな、と。

 拘束されて動けないのに、伊吹の手首に体重をかけてまた刹那が伊吹を抑え込んだ。


「俺、前に言ったな。また俺から逃げたら許さない、たとえ死んでも閉じ込めるって」


 瞳が、暗い。深い。その2つの瞳が、真っ直ぐに伊吹を見つめている。


「あの後、一緒に寝てくれたもんな。なら、了承したって事だよな。なら、約束、守らないとな」


 腰の上に、刹那が跨る。


「なあ、伊吹、教えて」

「刹那、」

「『俺達の為に頑張りたい』って、言ってたよな、同じ日に。なら、教えてくれよ。伊吹の頑張りって、俺達からまた、逃げる事だったのか?」


 刹那の白い手が、伊吹の首に伸びる。ぐ、と、力が入れられる。


「伊吹の言葉に舞い上がる俺は、滑稽だっただろう? 笑えただろう?」


 なあ、と刹那は、伊吹を見下ろしている。その瞳は深く、深く――綺麗な涙が浮かんでいる。


「教えてくれよ。今まで、何を考えていたのか、俺に教えてよ、伊吹」


 ぽたり、と涙が伊吹の頬に落ちる。

 涙目で自分に縋る刹那。昔と変わらない暖かい体温。変わらない、涙の暖かさ。情けない顔。昔と何も変わらない、刹那の姿。


「伊吹」


 ぐ、と、首に力が入った。


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