第4話 伊吹の身の上
伊吹は、婚外子だった。
ようは浮気相手の子なのだ。今日び、浮気は男の甲斐性なんて馬鹿馬鹿しいが、残っている所には残っているものだ。けれども、伊吹の生母はそんな理屈は知らず、略奪婚をして玉の輿、と理想を抱いて伊吹を産んだが、せいぜい父からは伊吹の養育費程度しか貰えない事に怒り家を飛び出していていた。顔も碌に覚えていない。伊吹を養育したのは、母方の祖母だった。もう年金暮らしで、祖父はとうに亡くなっていたのに、伊吹を育ててくれたのだ。
父親からは、金は与えられた。そして、普段別に暮らす代わりにと、1ヶ月に一度、店で食事を共にした。けれども、その程度の交流しかなく、食事を共にする時の父は礼儀作法にも厳しくて、笑みもろくに浮かべないから怖くて、あまり、気を許せる人ではない。
伊吹にとって、気の許せる家族といえるのは祖母だけだった。
父が伊吹を認知したのは、伊吹を後継のためのスペアにする為だった。
父の本妻の子は伊吹よりも年上だが、はっきり言って全く出来が良く無かった。それに加えて随分と甘やかされた、礼儀もなっていない、暴力も躊躇わないドラ息子だった。だから、伊吹をもしもの時の跡取りとする為に伊吹を作ったのだ、と周りから聞いていた。
ドラ息子の事は思い出したくもない。
昔、まだ伊吹が子供の頃に父とその家族が住む本家に行ったら、父の膝に、ドラ息子が甘えていたのを見た事がある。それを、祖母の服を掴みながら眺めていた自分に向けた、あのドラ息子の勝ち誇った顔は、今でも忘れられない。
あの時の父は、伊吹に気がついていなかった。
ただ、そっと、ドラ息子の頭に手を置いていた。
--誰が、跡取りなんてなるものか。
ただでさえ複雑な家庭環境は周囲を遠ざける要因になるというのに、別になりたくもない跡取り修行なんて伊吹にとっては苦痛以外なんでもなかった。ドラ息子からは、たまに会うと随分と殴られていじめられた。その時のドラ息子の半笑いを浮かべた顔は、今でも鮮明に思い出せる。
庇ってくれる大人はごく少数で、その他は殴られている伊吹にも様子のおかしいドラ息子にも見て見ぬふりするだけだ。そんな大人達ばかりの家の跡取りなんて、溜まったものではない。
父親に指定された中高一貫校を卒業し、伊吹自身の希望の大学を卒業後、父の命令を蹴って、ずっと希望していた分野の会社に就職した。その時はもう揉めに揉めた。しかし、ドラ息子を後継に、と推す派閥と手を組む事で、なんとか伊吹は希望通りの道に進む事が出来た。その事をきっかけに、父からの干渉もほぼ無くなり、祖母と2人、伊吹は穏やかな日々を過ごした。そして、祖母の最期まで、看取り送る事ができたのだ。
そう、ドラ息子が、跡取りが、生きていたから。
ある日会社から帰ると、物々しい奴らが祖母と2人でずっと暮らしていた家に待ち構えていた。抵抗虚しく連れてかれた本家で、久方振りに出会った父から、ドラ息子が亡くなった事を聞かされた。
自業自得の、事故だったという。その言葉に自分は絶句して天を仰いだ。
そして、父にとっては当然の事。伊吹にとっては思ってもみない大迷惑で、跡取りになるよう強要されたのだ。
伊吹は、今度こそ本気で抵抗し、逃げ出した。
そして、伊吹の何年にも渡る逃亡生活が始まったのである。
当時伊吹は23歳。新卒入社した会社に勤め始めて、一年も経っていない頃だった。
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