第46話 終わり <R-15>

 ばふり、と、伊吹の体がベッドに押し倒された。肩が強く掴まれている。痛い。足の間に足で割り込まれる。足の間を、刺激される。それに、伊吹は目を見開いた。


「刹那! 止めろお前!」

「ん?」


 伊吹を押し倒した刹那は、先ほどとは打って変わって余裕そうな態度で、憎たらしい笑みを浮かべていた。


「伊吹。よくあんな余裕な態度取れたな」

「は⁉︎」

「下、何も履いてないのに」


 刹那の手が伸びる。毛布に隠された伊吹の下半身に、伸びる。


「いくらあちらからは小さい画面で上半身しか見えていないとはいえ、よくあれだけ余裕な態度、取れたな?」


 不埒な手が、伊吹の裸の太腿をさする。上に、上にと、登ってくる。まて、と、伊吹の顔が真っ赤になった。


「お前が! ジーンズも下着も返してくれないから!」

 

 話し合いの前に伊吹が必死に頼み込まなければ、Tシャツすら与えようとしなかったのだ。刹那は得意げに笑い、伊吹が今着ているTシャツをめくる。露わにされた上半身には、数え切れない程の赤い跡が散らばっていた。


「俺は、瀬川彰に見せつけたかったのに」

「止めてくれ! 叔父が弱みと言ったばか、ひぃん!」


 ぎゅう、と、握られる。そして、先端を親指で弄られた。瞳をぎゅう、と閉じて、伊吹の上にのしかかる刹那に縋り付く。刹那はくすり、と笑って、伊吹の額に音を立てて口付けてきた。先っぽ弱いの、もう刹那にとうに知られてしまった。


「なあ伊吹」

「や、一昨日から、いっぱい、しただろ!」

「足りると思うか? 俺、伊吹より若いのに」


 刹那は、ニヤニヤと笑いながら、伊吹の顔にたくさんの唇を落とす。


「予定が! 迫ってるって!」

「そうかそうか。でも、加賀美が契約書を送るまで時間はあるな。確認作業も含めて、2時間くらいかな」

「多く見積もりすぎだ!」

「社長である千秋の個人資産に関わる書類だぞ? しかも、瀬川彰の人生も掛かってる。きちんと確認をするに決まっているだろう?」


 なあ? とまた詰められる。その発言が嘘か本当か分からない。話している間も、弄るのを止めてくれない。伊吹は、ただただ、悶えるしかない。


「せつ、なぁ!」

「……千秋が、あんなに伊吹の事を思っているなんて、思わなかった」


 そっと、耳元で囁かれる。そして、耳殻に口付けを落として、軽く歯を突き立てられた。それに、ぞわりと背中が泡立った。


「負けられないな」

「何を、張り合って!」

「伊吹への気持ちの重さは、俺だって負けない」


 刹那の声が、今まで聞いた事がないくらいの熱が灯っている。


「伊吹。俺も、伊吹の首にはめる首輪が欲しい」

「けーやくしょ! 来るから!」

「あれ、千秋の分の首輪だろう。俺のは?」


 そこをつっこまれてたじろぐ。そうだ、あれは千秋を納得させる為の契約書だ。刹那にとっては痛くも痒くもない。ーーそこに! 気づいてほしくなかった!


「昨日、散々したのに! 一昨日から満足するまで付き合ったのに! まだ欲しがるか!」

「伊吹は不安になりがちだから。ちゃんと、俺の気持ちを伝えておかないと。いっぱい頑張らないと」

「もう頑張る必要はないから! 俺が! 保たないから!」

「伊吹が保たないの、こっそりと叔父と連絡を取っていたり、その隙を伺っていたからだろう? ……うん。許せないな。集中してくれないと。俺とのセックス」

「お前らが危ない手段取ろうとするから!! 止めるだろう普通!」

「伊吹」


 刹那は、にんまりと笑いながら伊吹に口付けた。一昨日から散々して、すっかり刹那は深い口付けに慣れてしまった。慣れやがった、この野郎、とずっと育てていた小鳥が勝手に巣立った様な気持ちになった。悔しい、と思う。


「俺の上に乗って」


 やっと伊吹の口から出て行った刹那の声に、伊吹の体中から汗が吹き出しそうになった。


「俺、伊吹の下でその伊吹の姿をカメラに収めるから。それを首輪にする」

「う、うぅぅぅ」

「夢中になりすぎて使えてなかったから、カメラ。使わないと千秋に怒られる」

「見せるな! 頼むから誰にも見せるなそんな姿!」


 伊吹は、刹那に縋りながら必死に叫んだ。


「それは、伊吹の頑張り次第だな」


 完全に主導権を握った、調子に乗り切った顔。それに、自分は悔しくて悔しくて――でも、そんな調子に乗った刹那を可愛いと思ってしまう、ちぐはぐな気持ちで。


 伊吹は、頷いてしまった。


 刹那は満面の笑みを浮かべる。それは、愛想笑いでも無理した笑いでもなく、心からの、幸せそうな笑み。それにまた可愛いと思ってしまう。


 年下で、なんでも持っている筈の刹那が伊吹に手を伸ばす。自分は、ぐしゃぐしゃの情けない顔でその手を受け入れる。いつかその手を、ちゃんと握り返してやると誓って、伊吹は降りてきた刹那の首に両腕を回して、自分から口付けたのだった。

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【番外編含め完結済】お前の側にはいられない〜再会した弟分が立派に育ち過ぎてて辛いので逃げてやる〜 千代とつき @19ayay91

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