第22話 刹那と叔父と

 なんで、刹那がここに。


 よく見れば、隣の、今伊吹が座る助手席側の駐車場所が空になっていた。話に夢中になりすぎて、隣の車が発進したのに叔父も自分も、気が付いていなかった様だ。

 このショッピングモールは、今日千秋と刹那と約束した店と近い。時間も迫っている。別に、刹那がここにいても、決しておかしくはない。


 刹那は、美しいといえるほど微笑んだまま。叔父は、そんな刹那を誤魔化す事もなく、悪意を持って、睨んでいた。


 がちゃり、と助手席のドアが開けられた。


 2人で興奮して話していたせいで、気づけば随分と車内に熱気がこもっていたようだ。車内に流れ込む駐車場の空気がひんやりとしていて、汗を冷やしていた。


「伊吹。だれ? そいつ」


 刹那は、不自然なほど微笑みを変わらせないで、そう聞いた。


「せ、刹那」

「籤浜のやつか?」


 その言葉に、叔父の目が吊り上がった。やばい、と勘づき、慌てて伊吹は誤魔化す為に口を開いた。


「母方の叔父だ」

「……母方?」

「ああ。俺の母の弟だよ。親戚だ」


 籤浜じゃない、と付け加える。叔父は、伊吹に視線をやってから、はー、と息を吐いた。


「そうだ。瀬川、という」

「……へえ」


 刹那は、名乗った叔父をじっくりと観察する様に見つめていた。


「……君が、犀陵刹那くんか。今、伊吹が世話になっているという」


 叔父は、咳払いした後、運転席のドアを開けて外へ出た。


「知り合いがいて話しかけようとする気持ちは分かるが、いきなりドアを開けるのは感心しないな。不躾だ」

「……伊吹の手を馴れ馴れしく掴んでいたオッサンに言われたくないな」


 刹那の敬語も何もない、横柄な態度に、叔父の眉間に皺が寄った。


「初対面の年上にその口調と態度とはね。犀陵の会社は随分と世代間の風通しがいいらしい」

「お、おじさん」

「すまないが、俺に何のメリットもないたかだか歳を重ねただけの人間に、敬語を使うのは面倒でな」

「刹那!」

「メリット、か。なるほど若い。一般常識を短絡的な損得でしか捉えられないとは」

「2人とも、落ち着いてくれ!」


 車の中にいても分かる、2人の険悪さに、伊吹は慌てて車から出た。刹那と叔父の顔を交互に見ながら、なんとか宥めようと必死だった。


「伊吹、なんの用事があってこいつと話してたんだ。随分と熱心な様子だったが」


 ぎろり、と刹那に睨まれる。それに、伊吹はたじろいでしまった。


「俺には言えない話か?」

「その、」

「……君は、伊吹のなんだね?」


 叔父は、刹那を睨んだ。


「確かに、向こうの家の会社の一部は犀陵の物となったそうだが、だからと言って伊吹の個人的な事にまで介入できる権利があると?」

「……あんたには、関係ない」

「籤浜の会社を犀陵のものにしたからと言って、伊吹まで好きにできると勘違いしているのか? 伊吹は、会社の付属品だとでも思っているのか?」


 刹那は、目を見開いた後、唇を噛み締めた。そして、ぐい、と伊吹の手を刹那は引っ張った。


「来い、伊吹!」

「せ、刹那!」

「ま、」

「おじさん!」


 伊吹は、追いかけてきそうな叔父を押し留める為に声を上げた。その声に、手を引っ張った刹那の足もピタリと止まった。


「その、これから、刹那と約束があるから。もう行くよ。今日はありがとう」

「……。そういえば、予定があると言っていたな」


 叔父は、ため息混じりにそう言った。伸ばしかけた腕を下ろす。


「またな、伊吹」

「うん。また」


 叔父と挨拶をする。刹那は歯を噛み締めたまま、伊吹の手を引っ張っていった。

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