第42話 逆転

「おじさん。もういいよ」

『ああ』


 伊吹の声に、叔父もやっとか、というため息と共に、着ている服の中に手を入れる。そして取り出したのは、小型の機械だった。千秋の目が、見開いた。


『おい!!』


 千秋がまた、椅子から勢いよく立ち上がった。


『伊吹、いつの間に……! 愚弟、なんで伊吹をちゃんと見ていない!』

「は、え? その機械、なんだ?」

「ICレコーダー。リアルタイムでクラウド転送機能付き。だから、さっきのノリノリな脅し文句は全て、記録されているぞ」

「え?」

『本当にいい時代になったものだ。少し挑発して相手に口を滑らせて記録すれば立派な証拠になるとはな。どうだ、やり返された気分は』


 叔父は、横目で千秋を見る。千秋は悔しそうに歯を噛み締めていた。


 刹那が伊吹が乗る飛行機が分かった理由は、叔父が口を滑らせて……いるような、いないような。


 まず千秋が刹那と通話状態にしたスマホを持って空港で叔父と接触して、知ったかぶりとハッタリを駆使して、叔父の口から出た断片的な情報とフライト情報から伊吹の行き先を割り出したのだ。それを聞いた刹那は大急ぎで空港に迷惑をかけつつ金に糸目を付けずにチケットを購入し、飛行機に乗り込み、伊吹を確保したのだ。なんだその兄弟の嫌な連携プレイは、と伊吹は呆れる思いだった。一昨日も昨日も今日も平日の筈だが、仕事はどうしたのだ本当に。

 渡航先は、短期間ならビザ無しでも滞在ができるのが伊吹にとって不運ではあった。


『社長といえど、まだ未熟だな。俺のスマホは回収したが身体検査が甘い。あの警備員はちゃんと仕事をしようとしたのに、自分の知り合いとか適当な事言って連れて行くから』


 叔父の言葉に、刹那は置かれた情報を理解すると、その瞳を釣り上げて伊吹の胸ぐらを掴み上げて座っているベッドの上に伊吹を押し倒した。喉が締められすぎて苦しい。胸倉を掴むのにも若さを感じる。千秋なら力を加えつつ、相手の喉を締め過ぎず会話ができる程度の力加減をしている。うん、これは若いままでいいな、と伊吹は思った。なんで千秋はそんな胸倉を掴むコツを心得ているんだろうか。心配でしかない。


『伊吹!』とモニターの向こうから、叔父の焦った様な声が聞こえたが、なんとか右手を上げて叔父を制止した。


「伊吹……! この期に及んで、まだ小癪な真似を!!」


 刹那の顔で視界が一杯になる。顔をぐしゃぐしゃにして、伊吹を見下ろしている。


「答えろ、どうやって瀬川彰と連絡を取った! 伊吹のスマホは俺が預かっているのに!!」

「預かった、じゃ、なくて、奪った、だろう」

 

 伊吹は、胸ぐらを締める刹那の手を軽く叩いた。


「後、スマホを一台しか持っていない、というのは、思い込みだ。……ほら」

 

 伊吹は、ベッドの下に右手を伸ばすと、長年使い込んだスマホを取り出す。この部屋に連れられてベッドに拘束される直前に、なんとかベッドの下に投げ入れた、逃亡時代ずっと使い続けていたスマホだ。


 乱暴に投げ入れたせいで、液晶には今までに無かったヒビが入っている。


「Wi-Fiが、あれば、ネットに繋がるから」


 長年の貧乏生活の為の貧乏性は、古いスマホでも手放すのは躊躇われた。調べたら色々使えるとあるし、と取っておいたのだ。


『……よし、決めた』

 

 千秋の、燃え上がる様な低い声。


『俺が行くしかないね。まだまだ愚弟は甘い』

 

 千秋が気取ったようにジャケットを整えながら椅子から立ち上がった。


『お前の身体検査の甘さが今の状況を招いているのも分かっているのか』

『うるさい瀬川彰。俺は実にならない正論が1番嫌いだ』


 千秋は、早口で言った。


『刹那。今すぐPCを切れ。後、俺が合流するまで伊吹の拘束は必ずしろ。身じろぎも許すな』

「……分かった」


 刹那は憮然とした様子で伊吹を押し倒したまま頷いた。


『伊吹。俺達はまだまだ君に甘すぎた様だ。覚悟しておけ、絶対に、俺の下に屈服させてやる……!』


 千秋の決意に満ちた声が聞こえた。

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