第40話 本心 初めから言え。
『誰かから押し付けられた人生がクソッタレって、君も知っているだろう?』
気を取り直したとはいえ、モニターの中の千秋は、すごく不服そうだった。
『俺さ、母のお腹にいた頃に既に性別が分かってて、第一子で長男だったから、生まれる前から後継者になる道が決まっててさ』
ぎしり、と背もたれがついた重厚な椅子に千秋は寄りかかる。その音は、昨日叔父の無事を聞いた時、それは必要か、と切って捨てられた時に聞いた音と同じ音だった。
よく見れば、モニターの中の千秋が座るのは、社長室にある千秋の机に備え付けの椅子だった。背景は社長室の中ではないから、椅子だけ別の場所に持ってきて座っているらしい。お気に入りなのだろうか。
『今、会社は祖父から数えて3代目。会社が今後も存続できるかどうかの正念場だよ。だからさ、もう幼い頃から早期教育、習い事、帝王学と後継者教育を受けていたわけだ』
一般的に、3代目が事業継承の正念場、と言われている。一代二代と続き、会社も盤石になってきて、余裕ができる。でも、そこから3代目が腰を据えて経営ができるかどうかなのだ。3代目で潰れる会社も多い。だから、千秋は両親から厳しく育てられたのだろう。けれども、千秋のその顔は、決して晴れやかなものでも、誇らしいものでもなかった。
『でもさ、思うだろう? なんで自分には将来の夢を決める事ができないんだろうって。幼稚園の頃、周りはさ、無邪気にスポーツ選手とかヒーローとか馬鹿な夢を語っている訳だよ。でも、俺だけ語れない。将来は決まってる。うちの会社を継ぐ。それだけ。夢を見ることもできない』
千秋は、吐き捨てる様に言った。
隣の刹那は、申し訳なさそうな様子で、じっと兄の話を聞いている。
『幸か不幸か、俺は優秀だったから、両親の望み通り育った。婚約者も決めてやるからな、とか言われて、そんなもんなんだ、と半ば諦めて小等部を卒業して、中等部に、伊吹、君がいたんだ』
諦めていた、という言葉に、純粋に驚く。お互いの家庭環境を愚痴りあった事はあるが、そんな言葉、今まで聞いた事がなかったから。千秋は、伊吹を指差しながら続けた。
『君は知っていたか知らないが、もう君は籤浜の跡取りと周囲から思われていたんだよ。本妻の子の駄目っぷりは有名だった。暴れん坊で、何校も受験に失敗していて、やっと金を積み上げて入学した私立も素行の悪さで退学になるくらいで、あれは駄目だと周りから思われていた』
ふー、と、別の画面から、別のため息が聞こえる。心当たりのある様な、ため息だった。
『最初に近寄ったのは、同じ跡取りとして俺の役に立つかなってそれだけ。でも君は、こう言ったね、言いやがったね、俺の目の前で!』
千秋は、突如として机に両手に置くと、がたんと勢いよく立ち上がった。
『跡取りになんかなりたくない、いつか必ず父から逃げ出すと! 俺には! 逃げ出す選択肢すらなかったのに!!』
ごうごうと燃える瞳。モニター越しでも、その熱が伝わってくるかのような瞳だった。
『その時の俺の気持ちが分かるか? 初めて嫉妬したよ。妬ましくて憎たらしいと思ったよ! 俺と同じ立場のくせに、俺の未来とは違う未来をキラキラと語るんだから!』
もしも、伊吹が千秋の目の前にいたら、また胸ぐらを掴まれていただろう。そう思わせる様な圧で、千秋は語っていた。
『中等部から入ってきたくせに! 勉強もあっという間に俺に追いついて! 俺の知らない事たくさん知っていて! 大人しくしていると思ったら気付いたら美味しい所もっていく強かさがあって! 俺が中高と生徒会長になった時は黙って一緒に生徒会に入ってくれて! そのおかげで死ぬほど生徒会運営がやりやすくて! 俺がどんなに自慢話をしても、普通の顔して聞いている! すごいな、物知りだな、と素直に褒められた時の俺の気持ちがわかるか伊吹!』
千秋は、はー、と、体中の酸素を出すかのような息を吐いた。そして、俯いていた顔を、ゆっくりと上げる。セットした前髪が崩れているが、その崩れた前髪の間から見える瞳は、真っ直ぐに伊吹を睨んでいた。
『だから決めたよ。君を、俺の思い通りの人生にするって』
燃え上がるかのような、声だった。
『俺の敷いたレールの上を歩いてもらうって! 俺の下で、俺を支える人生にするって!』
初めて見る千秋の姿に、伊吹も息を呑んだ。
『俺が両親に初めて逆らったのも君の影響なんだぞ伊吹』
え、と、隣の刹那が千秋の姿をじっと見つめた。握られていた伊吹の手をぎゅう、と握られる。
『結婚相手は自分で決めるって、宣言したのは君の影響なんだぞ!』
そう指差されて叫ばれて、当の伊吹はどう反応を返せばいいのか分からない。
『なら、君は責任を取るべきだ。いや取らなくちゃいけない』
千秋は、ゆっくりとまた椅子に座った。伊吹は、責任を取らなければいけないという、その論理がよく分からなくて軽く混乱していた。
『本妻の子が亡くなった時は絶好のチャンスだと思ったよ。すぐに助けてくれ、と俺に連絡が来ると思った。そのまま、俺の下にいさせようと思った』
椅子に座った千秋は、両肘を机にたてて寄りかかり、両手を組んで口元を隠すように持ってくる。口元が見えない。けれども、その瞳はごうごうと燃えて、伊吹を睨んでいる。
『でも、来なかった。それどころか! 連絡がとれなくなっていた!』
また叫ばれた。だんだん、千秋の情緒が心配になってきた。
『物凄く腹が立ったよ! だからホテルで君を見つけた時は逃さないと思ったよ。ちょうど転がり込んでいた弟の世話を押し付けて! そのまま俺の下に、縛り付けようと、思ったのに』
ごうごうと、瞳は燃える。
『逃げた。逃げやがった。俺の下から』
千秋はぎり、と歯軋りをした。
『あんな奴、口封じは簡単にできたのに、俺の力を信じず! 君は逃げたんだ!』
刹那に視線を向ける。瞳が深くなって、伊吹にまとわりつく力が強くなった。告げ口をしようとした奴、大丈夫だろうか。ちゃんと生きているだろうか。伊吹だって憎たらしく思っていたが、この2人が業火過ぎて変な犯罪とか犯していないか心配だった。
『なんとしてでも、籤浜よりも先に捕まえる。伊吹を俺に縛り付けると誓ったよ。弟が君によからぬ思いを抱いていたのも利用して、君を、俺の下にいさせると!』
だから刹那にやたら協力的だったのか、と伊吹の抱いていた疑問が氷解する思いだった。別に兄弟愛とかではなかったのか。伊吹が年下に弱いの、見抜かれていたか。とはいえ、随分と歯車が噛み合う兄弟だなおい、と伊吹は遠い目でモニターを見つめる。
『そして今、君は刹那に捕まって雁字搦めな訳だ。ふん。いい気味だ』
千秋は、伊吹を嘲笑うかの様に言った。別にイラつく事はなかった。なんか、微笑ましかった。
『俺に初めて嫉妬させて、決められた未来とは違う夢を見させた君を、俺は一生許さない』
千秋の瞳の炎は消えない。にやりと、憎たらしげな笑みがその顔に浮かぶ。
『そのまま、俺の下で、ずっと生きてもらう』
そして、千秋はまた椅子の背もたれに寄りかかった。ぎしりと音を立てる。千秋は足を組んで、両手を組んでその膝に置く。まるで、悪の組織の総帥っぽかった。
『分かったね、伊吹。君の人生は、俺と出会った瞬間に、とうに決められているんだ』
千秋は、完全に主導権に握ったかの様な顔で、笑っていた。
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