第27話:大臣たち

「「フィアード殿下、今日はこんなに素晴らしい晩餐会を開いていただき、心から感謝の意を表します」」

「いや、感謝するのはこちらの方です。遠路はるばるお越しくださり誠にありがとうございます。こうしてお会いできるのを楽しみにしておりました」


 フィアード様は大臣たちと握手を交わす。

 相変わらず凄みのある笑顔ではあるけれど、私やヴァリアントさんと話しているときとは違う表情だ。

 外交用のお顔なのだろうか。

 また新たな一面が見えて嬉しかった。


「では、さっそく晩餐会を始めよう。レジェンディール帝国とダレンリーフ王国の繁栄を祝い……乾杯!」

「「乾杯!」」


 フィアード様の一声でグラスがぶつかり合う。

 晩餐会は想像していたより、幾分かゆるりと始まった。

 お酒のフリをして、静かに葡萄ジュースを飲む。

 一口飲んだ瞬間、葡萄の酸味と一緒に鋭い衝撃が全身を駆け巡った。

 な、なんという美味しさ。

 大きな粒を丸々すり潰したことがわかるほど濃厚で、私の舌が内臓が魂が歓喜する。

 いったい、この一口に何房分の葡萄が使われているのだろう。

 目の前に宝石みたく紫の果実が輝いている幻覚まで見えてきた。

 この感動はぜひともクロシェットに反映したい。

 こっそりメモを取っていたら、ヴァリアントさんがやってきた。


「ベル様、お楽しみいただけてますか?」

「ええ、もちろんです! 今、ぶどう……しゅ……ーずを飲んだのですが、これまたすごい美味しくてビックリしました」

「そちらのジュースは皇太子様直属の醸造家が作った物になります。市場には出回っておりませんが、お望みとあらばお土産にいくつか用意いたしますよ」

「それは大丈夫です!」


 ヴァリアントさんにはお酒じゃないと、しっかり気づかれていたらしい。

 というか、市場に出ていないなんて……そんなに貴重なジュースだったのか。

 お土産で貰ってしまうのは申し訳ないので、少し多めに飲んで帰ることにする。

 染みついた貧乏根性でジュースを飲んでいると、窓の外にフラフラする白い塊が見えた。

 なんだろう、やたらと柔らかそうで触りたくなる。

 近づいてガガッと窓を開けると、見慣れたあの方だった。

 

「ヴァンさん、来ていたんですか」

『気になり申して様子を見に参った』


 ヴァンさんは窓枠に手をついて、興味深そうに晩餐会の様子を眺めている。

 お鼻もクンクンしてお料理の匂いを嗅いでいた。


「中に入らないんですか?」

『拙者はフェンリル故、会場には入れぬ』

「あっ、そうでしたか。これは失礼しました」


 ヴァンさんは入れないのかぁ。

 かわいそうに。

 切ない瞳でお料理を眺めるヴァンさんを見ていると、気分だけでも味わってほしくなった。

 外でご飯を食べる分ならいいんじゃないかな。

  

「もし良かったら、お料理を少し持ってきましょうか?」

『なに!? それは助かる! ぜひともお願い申し上げよう!』


 私が言うと、ヴァンさんはキラキラと目を輝かせた。

 さっそく中央の大きなテーブルに向かう。

 それにしても、本当に色んなお料理があるなぁ。

 ロブスターのバター焼きからは食欲をそそる香ばしい匂いが湧きたっているし、こんがり焼けた子羊の丸焼きはこれ以上ないほど魅力的だ。

 トマトやオレンジなどの野菜と果物にいたっては、お花畑みたいに飾り付けられていた。

 見たこともないお料理ばかり……。

 食事に関する知識が乏しくて上手く表現できない。

 何はともあれ、ヴァンさんのご飯を確保しよう。

 きっと、お肉がいっぱい食べたいだろうな。

 せっせと取り分けていたら、後ろから美しい女性の声が聞こえた。

 

「ベル様、言ってくだされば私めが取り分けましたが」

「すみません、これは自分で食べる分じゃないんです」

「さようでございますか」

「ヴァンさんに持って行ってあげようと……」

 

 しまった! 

 うっかり、ヴァンさんが来ていることを言っちゃった!

 もしかしたら、会場の近くにも来ないよう言われているのかもしれないのに。

 それに、フェンリルなんて珍しいから、他国の人が見たらビックリするかもだし。

 ど、どうしよう、ヴァリアントさんに怒られちゃう……。


「ヴァン様もいらっしゃってるのですか。お手数をおかけしますが、食べ過ぎないようお伝えくださいませ。私めがいくら言っても聞かないのです」

「あっ、はい……わかりました」

「フェンリルの毛はふさふさしているので、食べ物に入らないよう外で待機してもらっているのです」

「な、なるほど……」 


 私は冷や汗をかいていたけど、意外にもあっさり了承してくれた。

 どうやら、そこまで厳しい制約ではなかったらしい。

 安心したのも束の間、とある疑念が思い浮かんだ。

 ……私には失言癖があるのだろうか。

 そんなはずはないと強く思うけど、今後も気を付けないといけない。


「では、私めは失礼いたします。何かご用がございましたらお呼びくださいませ」

「すみません、いつもありがとうございます」


 お料理を持って窓へ向かう。

 晩餐会の参列者はみな、飲んだり食べたり、またはお喋りに夢中だったので誰にも気づかれなかった。

 

「はい、ヴァンさんの分を持ってきましたよ」

『かたじけない、ベル殿……おおっ、なんという魅力的な食事じゃ!』


 ヴァンさんはちょうど死角になるように、窓の真下で食べていた。

 つい、スプーンやフォークも一緒に持ってきてしまったけど、ヴァンさんは器用に食器を扱っている。


「ヴァンさんは器用なんですねぇ」

『なんの。これくらいは容易でござるよ。ベル殿も食事を楽しみたもう』

「それでは、お言葉に甘えまして……」


 せっかくなので、私もたくさん食べておこう。

 もちろん、取材のためだ。

 断じて食欲に負けたわけではない。

 どんなことも実際に経験してみないとわからないからね。

 お料理はどれも美味しく、隅っこでガツガツ食べていたらフィアード様が歩いてきた。

 

「ベル、楽しんでいるか?」

「はい、すごく楽しませてもらっています!」


 すかさず立ち上がってお礼を言う。

 こんなに良い思いが出来ているのも、全てはフィアード様のおかげだ。


「お楽しみのところ悪いが、大臣たちにクロシェットの素晴らしさを教えて差し上げてほしいのだ」

「は、はぃ……」


 フィアード様の後ろには、ダレンリーフ王国の大臣たちが控えている。

 なんだか、皆さん目がキラキラしてらっしゃるのですが。

 名乗る間もなく、グッと握手してきた。


「あなたが皇太子閣下の仰っていたベル先生ですね。今日はとても面白い本を紹介して頂けると聞いて、楽しみにしているんですよ」

「我々にとって、読者は数少ない娯楽ですからな。常に良質な本を探しております」

「皇太子閣下のお話を聞いているだけで、どれほど素晴らしい小説かわかりましたよ。でも、やはり自分の目で読みたいですね」


 大臣たちは、ワイワイと嬉しそうに私と握手する。


「こ、こちらこそよろしくお願いします」


 こんな偉い人たちと話すことなんて滅多にない。

 失礼がないかドキドキしっぱなしだ。

 フィアード様だけで精一杯だというのに。

 

「「皇太子閣下。そろそろ愛読書を拝見したいのですが」」

「そうですね、お見せしましょう。実はいつも持ち歩いておりまして……これが私の人生の教科書、『悪役令嬢クロシェットはへこたれない』です」

「「なるほど、こちらが……」」


 フィアード様は胸ポケットから、するりとクロシェットを出してしまう。

 結構大きな本なのに、どうやって入っているんだろう。

 そして、クロシェットを見た瞬間、大臣たちは「おおっ!」と歓声を上げた。

 今になって気づいたけど、初めて他国の人に私の本が読まれるのか。

 ……ひぃぃ、緊張してきたぁ。

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