第26話:晩餐会当日
この一週間はずっと晩餐会参加に向けての準備をしていた。
とは言っても、服を着ては脱いでの生活を送っていたら、すぐに晩餐会当日となってしまった。
今はお部屋で最後の調整をしている。
「ベル様、大変お似合いでございますよ」
「や、やっぱり、私じゃ着こなせないですって」
ヴァリアントさんが持ってくるお洋服はどれも大変に豪華で、袖を通すのでさえ怖かったほどだ。
結局、私が着ているのは薄ピンクの地味目なドレスだった。
「もっと派手なお召し物の方が一目を引いてよろしいかと存じますが」
「できれば存在感を消したいところです」
「いえいえ、ベル様は立っているだけで注目を集めるほどに存在感がありますから」
ヴァリアントさんは納得した様子で頷いている。
ギラギラに輝いた黄金のドレスや、お花畑みたいな柄のドレスを持って来られたときは、さすがに強くお断りした。
そんな物を着たら浮いて浮いて仕方がないだろう。
「大臣さんたちは何人くらいいらっしゃるんですか?」
「全部で5人でございます。それにお付きの方々が何名か……」
「け、結構来ますね」
「ぜひ、皇太子様に挨拶したい、ということで要職の大臣を引き連れていらっしゃるようです」
やっぱり、国にとっても大事な晩餐会なんじゃ……。
聞けば聞くほど不安になってくる。
そんなところに私みたいな小娘がいて良いのだろうか。
「ベル様、どうやってクロシェットをアピールしましょうか」
「え、え~っと……」
「やはり、ここは作者による音読がベストかと存じます。この一週間の成果を見せつけてやりましょう」
ヴァリアントさんに言われ、ここ最近はクロシェットを音読する毎日だった。
なんでも、これほどまでに読みやすく聞いているだけでワクワクするお話は他にないらしい。
第一巻から始まり最新刊まで隈なく……おかげで、以前よりクロシェットと距離が近くなった気がする。
彼女の熱血指導は厳しく、私の頭の中では新しい境地が開かれていた。
今ならネタ出しには困らなさそうだ。
「ベル先生、もう一度声出しをしておきましょうか」
「も、もう一度ですか……」
「何度やってもやり過ぎることはありませんよ! さあ、一緒に第一巻から読み直しましょう。『クロシェット! 今日でお前を追放する! 闇魔法なんぞ授かりおって!』」
「『クロシェット! 今日でお前を……』」
偉い大臣の前でクロシェットを朗々と音読する光景が思い浮かぶ。
彼女と極悪伯爵の戦いやカラブル王子とのやり取り……そんなの絶対無理だ。
大
二人で朗読の練習をしていたら、会場となる“大理石の大広間”に行く時間となった。
「では、ベル様。皇太子様の元へ参りましょう」
「え、ええ、そうですね……いよいよか……」
「さすが、作者様は気合の入り方が違います」
「いや、そうじゃなくてですね」
ヴァリアントさんと一緒にお部屋を出る。
フィアード様のお屋敷はお城のように大きいので、部屋を移動するだけでも結構な距離を歩く。
着ているドレスもきっととんでもなくお高いだろうから、歩くのにすごく気を使った。
どこかに引っ掛けたりしたら大変だ。
ハイヒールだってやたらと踵が高くて、気を抜くと倒れそうだった。
そんなこんなで、歩いているとだんだん息が切れて来る。
こんなところにも運動不足の波が……。
晩餐会が終わったら体力作りもしなきゃな、と思った。
「ベル様、“大理石の大広間”に到着いたしました。大臣たちはまだいらっしゃってないので、どうぞリラックスしてくださいませ」
「おお~、すごい飾り付けですね」
大広間はその名の通り、大理石で作られたお部屋だ。
真っ白ではなくわずかに赤みがかっており神秘的な雰囲気だった。
朗読練習の合間にヴァリアントさんと一緒にこそっと飾り付けを観察していたけど、一週間前に比べると同じ部屋と思えないほど豪華になっていた。
壁には帝国の紋章が描かれた赤いタペストリーが掛けられ、深いカージナルレッドの絨毯が敷かれている。
国の繁栄を示す赤色があふれているけど、派手ではなく厳かな印象だった。
この辺りも使用人さんたちのセンスがいいのだろう。
「何かお飲み物でもお持ちしますか? 朗読の練習で喉も乾いてらっしゃると思いますが」
「ありがとうございます~。ぜひ、お願いします」
「では、皇太子様お気に入りのぶどう酒を持って参ります。ボトル一本で家が建つくらいは高いので、ベル様のお口にも合うことと存じます」
「いえ、水で結構ですから!」
ヴァリアントさんは「かしこまりました」と言い、壁際のテーブルに向かって行った。
ちゃ、ちゃんとお水を持ってきてくれるよね?
私はお酒に弱い。
酔ったらどんな大失態をしてしまうのか不安でしょうがないから飲めないのだ。
ドキドキしながら待っていたら、不意に出入り口が慌ただしくなった。
「……皇太子様。条約の正式な締結は明日でございますが、内容の最終確認をお願いいたします」
「……うむ、これでいいだろう。我らとダレンリーフ王国、両方とも損をせず得をする内容だ」
「承知いたしました。では、本日の晩餐会でございますが、まずは皇太子様にご挨拶いただきまして、その後は……」
フィアード様だ。
帝国の大臣や騎士団長など、私などよりずっと偉い方々と大広間にやってきた。
すぐさま、使用人さんたちはピシリと姿勢を整える。
私も急いで身だしなみを直した。
フィアード様は私を見ると、ピタッと止まる。
「ベ、ベル……! そ、そのドレスは……!」
「す、すみません! 似合ってなかったですよね!」
慌てて謝罪した。
やはり、私のような小娘では分不相応だったのだ。
せめてもっとキレイだったら……。
「いや……とても…………よく似合っている……」
「……え?」
ウ、ウソ……フィアード様がお褒めになられた?
クロシェット以外で?
まさかそんな日が来るなんて思いもしなかった。
「……いつもの君とは…………少し違うようだな」
「あ、ありがとうございます」
いつもの私と違うってどういう意味だろう?
申し訳ないことに、いくら着飾ってもポンコツ娘はポンコツ娘だった。
そして、なぜかフィアード様は目を合わせてくれようとしない。
私がお顔を見ると視線を逸らすのだ。
も、もしかして嫌われてしまったのでは……。
「まるで、ベル様はお姫様のように美しいですわね。未来の皇太子妃様としてふさわしいほどに……」
「あまりの美しさに、思わず目を奪われてしまいました」
「いっそのこと、晩餐会の後に婚姻パーティーを開いてもいいかもしれませんわ」
使用人さんたちはコソコソ話しているし(小さな声なので聞こえなかった)、大臣や騎士団長は顔を赤らめている。
「ま、まぁ、ベル。というわけだ。今日はよろしく頼む。大臣たちも楽しみにしているだろう」
「こちらこそよろしくお願いします。やっぱり、どうしても緊張してしまいます」
「なに、いつも通り音読してくれればいい」
いつも音読しているわけではないのですが……とは言えなかったけど、フィアード様は視線を合わせようとしないだけだ。
どうやら嫌われてはいないようで、とりあえずはホッとした。
「「ダレンリーフ王国の大臣方がいらっしゃいました!」」
扉にいた衛兵たちが声を張り上げる。
ぞろぞろと修道士のような服を着た人たちが案内されてきた。
いよいよ、晩餐会が始まる……。
密かに用意してきた紙とペンを取り出した。
緊張しつつも覚悟を決める。
どんなに些細なことも書き逃さないぞ。
小説のネタを仕入れるのだ。
クロシェットのために。
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