第5話:監獄で(Side:ワズレス①)

「クソッ! 君のせいで監獄行きになったんだぞ! どうしてくれる!」

「何をおっしゃいますか! ワズレス様のせいでございますわ!」

「人のせいにするな!」

「ワズレス様こそ!」


 あれから俺たちは、監獄で喧嘩する毎日だった。

 牢屋は暗くてじっとりしている。

 ここは王宮から離れたところにある専用の監獄塔だ。

 終身刑やそれに近い罪を犯した人間ばかりが集まっている。

 訪問者も特別な者しか入れない。

 中も外もたくさんの衛兵に監視されていて、逃げようにも逃げられるわけもなかった。

 さらには、座っているだけで不快なのに、イーズが怒ってくるので最悪だ。

 少しは静かにしろってんだよ。


「というか、あたくし以外とも多数の令嬢と関係を持っていたのですね! 許せません!」


 多数の令嬢……と言われ、ギクリとした。

 皇太子は俺の友好関係まできっちり調べていやがった。

 せっかくうまく隠せていたのに。

 あいつのせいで余計な面倒が生まれただろうが。


「そ、その話はもうしなくていいだろ! 謝ったじゃないか! 今さらぶり返すな!」

「なんですって!? あんたなんかこうしてやるわ!」

「だ、だから、噛みつくんじゃない……ぐわぁっ!」


 イーズが思いっきり噛みついてきた。

 すごい力だ。

 う、腕が千切れかねん。


「あたくしの前から今すぐ消えなさい! 視界に入らないで!」

「そ、そんなことできるわけないだろ! 同じ監獄にいるんだから!」

「「おい、こら! 騒がしいぞ! 何やってるんだ!」」


 イーズと取っ組み合っていると、衛兵たちが集まってきてしまった。

 重罪人ばかり収容されているからか、こいつらも凶暴なヤツらが勢揃いだ。

 少しでも機嫌を損ねると、鞭で叩かれたり硬い棒で殴られていた。

 俺たちは慌てて謝る。


「す、すみません、ちょっと騒いでしまいました。静かにするので勘弁してください」

「し、失礼いたしましたわ。どうかお許しくださいませ。あたくしの美貌に免じて」


 必死に謝罪していると、衛兵たちは静かになった。

 助かった……。

 と、思ったら、思いっきり怒鳴ってきた。


「するわけねえだろ! 俺たちの仕事を増やすんじゃねえ!」

「謝るくらいなら始めからするな! そんなこともわからねえのか!?」

「お前たちにはこうだ! 好きなだけ鞭をくれてやる!」

「ぐあああっ!」

「きゃああっ!」


 檻の隙間から鞭や棒が激しく襲い掛かってくる。

 牢屋は狭いので逃げるスペースもない。

 叩かれながら、俺はある女を激しく恨んでいた。

 ちくしょう。

 全部ベルがクズなせいだ。

 あいつのせいで俺たちはこんな目に遭っているんだ。

 いや、それを言うなら皇太子もそうだ。

 あの二人さえいなければ……。

 断じて許せない。

 絶対に復讐してやるぞ。


「「ほらほらほら! どうした!? もっと泣きわめいてみろ! この役立たずのゴミどもが……ぐっ!」」


 突然、衛兵たちが音もなく崩れ落ちた。

 床に倒れたまま動かない。

 さっきまであんなに血気盛んだったのに、いったいどうして……。

 まるで思いがけないことだ。

 

「な、なんだ……? どうしたんだ?」

「フ、ワズレス様が何か魔法を使ってくれたのですか?」

「い、いや、僕は何もしてないよ。そもそも、監獄の中じゃ魔法なんてとても使えないだろう」


 もしかして、病気か?

 だとしたらほったらかしにしてやれ。

 俺たちを散々苦しめたんだ。

 そのまま野垂れ死ぬがいい。

 そんなことを思っていたら、彼らの後ろから黒い人影が出てきた。

 皇太子ほどじゃないが、なかなかに大きなヤツだ。

 フードを被っているので顔は見えない。


「貴様らがワズレスとイーズだな」

「な、なんだ、お前は!? どうやって入ってきた!?」

「そんなことは気にしなくていい。話しをしに来ただけだ」


 声から男だとわかった。

 見るからにただ者ではない。

 話ってなんだ。

 いや、それよりも……。


「ちょ、ちょっと待て。え、衛兵に何かしたのもお前か?」


 きっと、こいつが衛兵を襲ったんだ。

 そう確信した瞬間、背中をどっと冷や汗が流れた。

 だとすると、お、俺たちも殺されるんじゃ……?

 い、いやだ、死にたくない……。


「別に殺してはいない。気絶させただけだ。もっとも、しばらく目覚めることはないがな」

「き、気絶かよ……脅かすんじゃねえ」

 

 人殺しではないようで安心した。

 しかし、この監獄へ入ってこれるヤツなど、限られているはず……。

 もちろん、衛兵でもないだろう。

 こいつは誰なんだ?


「ふんっ、貴様らはウワサ通りの愚か者どもだな。見ているだけで哀れになるほどだ」

「なんだと!? お前は何様なんだ! 僕を侮辱するのは許さないぞ!」

「もしあたくしたちを食べるおつもりなら、ワズレス様をお食べくださいませ。あたくしは筋張っていてまずいので」


 謎の男が現れた瞬間、イーズは俺の真後ろに隠れていた。

 さっきまで消えろ、視界に入るなとか言っていたくせに調子のいいヤツだ。

 いい加減にしろ。


「まあいい。あまり長居してもつまらないからな。端的に言おう」

「な、なんだ」


 人影はすぐには話そうとしない。

 不気味な静寂が重くのしかかってくる。

 いったい俺たちに何の用があるってんだ。

 まさか、刑罰が処刑に変わったとか……。 

 いや、俺たちは終身刑のはずだ。

 殺されるはずはない。

 だが、もしかしたら本当に……。

 考えれば考えるほど悪い想像しか思いつかない。


「た、頼む……殺さないでくれ……」


 恐怖に負けて絞り出すように懇願した。

 黒い影は見下したようにニヤリと笑っている。

 直後言われたことは予想もしないことだった。


「私の言うことを聞くのであれば、お前たちをここから出してやってもいい」

「こ、ここから出すだって!? 本当か!?」

「ウソだったら許しませんよ!」


 牢獄から出すと言われ、俺たちは色めきだった。

 いつまでもこんなところにいたくない。

 早く出してくれよ。


「まぁ、そう慌てるな。私の言う通りにすれば悪いようにはしない」

「わかったよ。何でも言うことを聞くからここから出してくれ」

「お願いよ。あたくしは牢獄暮らしなんてイヤでたまらないわ」


 必死に頼み込む俺たちを、謎の男はジッと見ている。

 おい、なんだよ。

 もったいぶらないでくれよ。


「……確認するが、私の指示に従うということでいいな?」

「ああ、そうだよ。なんでもするからここから出してくれ」

「あたくしの力を貸して差し上げますわ」


 俺たちが言うと、謎の男は満足気にうなずいていた。


「よかろう。貴様らを監獄から出してやる。では、まずは手を出せ」

「よし、わかった」

「わかりましたわ」


 すかさず、俺たちは檻の隙間から手を出す。

 これで監獄生活ともおさらばだ。

 残念だったな、愚かなベルと皇太子め。

 男が何かつぶやくと、いきなり手首が熱くなった。


「あっつ! お、おい! 何するんだ!」

「きゃあっ! 腕が!」


 俺とイーズの手首には、赤くて不気味な模様が刻まれていた。 

 まるで、何匹もの蛇が互いに共食いしているかのような……。

 俺たちはめちゃくちゃに怒鳴る。

 

「いったい何しやがったんだ!? この模様はなんだ!? 早く消せよ!」

「あたくしの大事な身体を傷物にするつもりですか!? 後が残ったらどうしてくれるのですか!?」

「それは契約だ」

「「……え?」」

 

 男は淡々と言った。 

 静かな声なのに、俺たちの怒鳴り声より大きく聞こえた。


「私と主従関係を結ぶ契約だ。私の指示に従わなければ、貴様らは死に至る」

「ふ、ふざけるな! 死に至るだと!? そんな契約は破棄だ!」

「ワズレス様の言う通りですわ! あたくしたちは奴隷じゃないんですのよ!」

「そう思うなら、今後は立ち振る舞いに気をつけるがいい」


 不意に、男はフードを取った。

 くすんだ灰色の髪に、不気味な深緑のギョロリとした目玉。

 その顔を見た瞬間、俺たちは言葉を失った。

 ウ、ウソだろ……?

 こ、こいつはクルーエル公爵じゃないか。

 敵国と裏で繋がっているというウワサのある悪名高い貴族だ。

 な、なぜここに。


「さあ、私と一緒にクーデターを起こそう。この国を転覆させるのだ」

「「え……あ……」」


 ク、クーデターだって?

 そんなことしたら終身刑じゃすまなくなるぞ。


「何をしている監獄から出たかったのだろう?」

「「あ、いや……」」

「ほら、さっさと来なさい。脱獄の件は心配しなくていい。監獄にはお前たちの分身を置いておくからな。抜け出したことは誰にも知られないだろう」

 

 俺たちは肩を抱かれ歩きだす。

 監獄を振り返ると、いつの間にか俺とイーズの分身が座っていた。

 歩きながら心の中に不気味な焦燥感があふれてくる。

 こ、これは監獄にいた方がマシだったんじゃ……。

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