第6話:手厚いご褒美
◆◆◆
……………………。
「ここまでよ、極悪伯爵。観念なさい」
「よくこの場所がわかったな。さすがは“悪役令嬢”クロシェットだ」
私がいるのは“ナハトの城”。
極悪伯爵の拠点の一つだ。
追い詰められているというのに、極悪伯爵はニタニタと笑っている。
「あなたが誘拐した高嶺の令嬢はすでに解放しました。この城だってクシヨナル王国の衛兵に囲まれているわ。大人しく投降しなさい」
「いくら集まろうと雑魚は雑魚。まるで問題はない。だが、ワシは至極残念だ。せっかく同志が見つかったというのに」
極悪伯爵は大げさにため息をつく。
相変わらず、気味の悪い笑みを浮かべていた。
「あなたみたいな外道と一緒にしないで。私は人のために自分の力を使う」
「ふんっ、愚かな。そんなものは綺麗ごとに過ぎん」
極悪伯爵の手が黒く光りだす。
何もない空間から大きな剣が現れた。
魔物や魔族にしか扱えない闇魔法だ。
人間で使える者は極めて少ない。
昔から、闇魔法の使い手は忌み嫌われていた。
魔族の血を引いている……魔物の生まれ変わりだ……将来魔族に変化する……などなど、侮蔑の言葉は底を突かない。
そして、私も使い手の一人だった。
たくさん侮辱されてきたけど、私は諦めない。
極悪伯爵と同じように、闇魔法で剣を生み出した。
小さいけど魔力の質は負けていない。
「綺麗ごとじゃないわ。いずれ、闇魔法は人を救う魔法になる。私が証明してみせる」
「“悪役令嬢”らしく、人を苦しめるために力を使えばいいものを……まあ、よかろう。単なる甘い考えだと思い知らせてやるわ! 行くぞ!」
「今こそ決着をつける!」
全速力で駆けだす。
極悪伯爵との決戦が始まろうとしていた――。
◆◆◆
「よし」
無事、来週のクロシェットを書けた。
ふぅっと一息吐く。
これですぐに殺されることはないはず。
そう思うと、ようやく肩の荷が下りた気がする。
あとは出版社に送るだけだ。
原稿をまとめて封筒に入れる。
え~っと、シーリングスタンプは……。
引き出しを探していたら、ドアがノックされた。
鈴みたいに美しい女性の声が聞こえてくる。
「ベル様、ヴァリアントでございます。入ってもよろしいでしょうか」
「はい、もちろんお入りください」
「失礼いたします」
スッ……と扉が開いてヴァリアントさんが入ってきた。
コロコロと小さなカートを押している。
その上に置かれている物を見た瞬間、目が釘付けになってしまった。
小さなチョコレートケーキやショートケーキに、マカロン……かわいいお菓子が並んでいる。
私は甘い物が大好きなのだった。
あまりに美味しそうで、手が震えてしまう。
「ヴァ、ヴァリアントさん……それはいったい……」
「おやつでございます。ベル様の息抜きになればと思い作らせていただきました。……ご迷惑でしたでしょうか?」
「いやいやいや! 迷惑だなんてとんでもありません! た……食べていいんですか?」
「もちろんでございます。おかわりもありますので、お好きなだけ召し上がりくださいませ」
うわーい。
さっそくショートケーキの苺を食べた。
甘酸っぱさが電流のように体を駆け巡る。
ただの苺ではなく、ショートケーキの苺だ。
しかも、一番最初に食べられるなんて……。
なんという贅沢。
おまけにお菓子は他にもある。
チョコレートケーキもマカロンも「はぁ~、絶品……」という感じだった。
「いかがでしょうか。ベル様」
「どれもこれも最高です! ヴァリアントさんはお料理が上手なんですね」
「恐れ入ります」
ストーリー家にいたときは、こんなもの食べられなかった。
全部義妹が食べてしまっていたし。
わずかな欠片を味わう毎日だった。
お菓子を堪能していたら、大事なことを思い出した。
「あの、ヴァリアントさん。シーリングスタンプってありますか? 原稿が終わったので、リブロール出版に手紙を出したいんですが……」
「クロシェットの続きが上がったのですね! おめでとうございます! シーリングスタンプはこちらです!」
「あ、ありがとうございます」
原稿が終わったと言ったら、盛大な拍手をされてしまった。
どこから持ってきたのか、紙吹雪まで撒いている。
「今から楽しみですね~!」
「あ、いや、そこまでしていただかなくても……」
「いえいえ! これくらいはしないと!」
「紙吹雪の片付けが……」
「ご心配なく! 私めの魔力で作った物なので、少し経つと消えますので!」
仕方ないので、紙吹雪が舞う中シーリングスタンプを押した。
皇太子様の紋章だ。
まぁ、当たり前か。
「ヴァ、ヴァリアントさん。お手数をおかけしてすみませんが、こちらの手紙をリブロール出版に送っていただけますか? 今日中だと助かるんですが……」
「お手数だなんて! ベル様の生原稿が触れるなど、人生でそうそうあることではございません! 私めが責任持って送らせていただきます!」
「あ、ありがとうございます。よろしくお願いします」
ヴァリアントさんは手紙を丁寧に丁寧にポケットへしまう。
満足気にポンポンと叩いていた。
「あとで匂いを嗅ごう……」とか言っていたけど、たぶん気のせいだ。
「では、手紙を送る前に軽くマッサージさせていただきましょう。執筆でお疲れだと思いますのでね」
「マ、マッサージですか? いや、そこまでしてもらうのはさすがに……」
「ご心配なく! すぐに終わりますので!」
「あっ、ちょっ」
そのまま、椅子に座らされるとヴァリアントさんのマッサージが始まった。
肩を揉み、手を揉み、足を揉み……。
とんでもない早業だった。
速いだけじゃない。
瞬く間に疲れが消えていく……。
さすがはフィアード様に選ばれたメイドさんだ。
やがて、顔を揉まれているうちにマッサージは終わった。
「さあ、最後はベル様の美しいお顔にオイルを塗り込んでおしまいでございます」
「は、はぃ……」
しっとりしたオイルを顔に塗られる。
パチャパチャ叩かれると、今度こそ終わりだった。
ぜ、全身が驚くほどに軽い。
長年、肩凝りや首の痛みに悩んでいたのに……。
一瞬で全て消えてしまった。
「いかかでしたでしょうか、ベル様」
「最高でした……なんかもう天国にいるかのようで……ヴァリアントさんはマッサージの天才です……」
「お褒めの言葉ありがとうございます」
この体験はぜひ執筆に活かしたい。
極悪伯爵との決戦が終わったら、クロシェットにもマッサージさせてあげよう。
と、そこで、扉がコンコンと叩かれた。
今度は低い声が聞こえてくる。
「フィアードだ。入っていいか?」
「は、はい、どうぞ!」
フィアード様だ。
やっぱりまだ緊張するな。
「調子はどうだ、ベル」
「おかげさまで来週のクロシェットが書けました。ありがとうございます」
「そうか、そうか! 続きが書き上がったのか! ああ、今から楽しみだ!」
フィアード様は凄みのある笑顔で喜んでいる。
何はともあれ、無事に書けて良かった。
読者の皆さんにとっても、出版社にとっても、私の命にとっても。
「では、私めはクロシェットの生原稿を送ってまいります」
「なに!? クロシェットの生原稿だと!」
「はい。ベル様からお預かりいたしましたので」
ヴァリアンさんはさりげなく手紙が見えるように持っている。
さっきまではポケットにしまっていたのに。
心なしか自慢げに見えるんですが……。
フィアード様はすごい勢いで手を伸ばす。
「私にも触らせなさい! クロシェットの生原稿なんて国宝級だ!」
「お断りいたします」
ヴァリアンさんはサッと躱すと、ササッと部屋から出て行ってしまった。
フィアード様も急いで後を追う。
「では、ベル、私も失礼する! 執筆ご苦労だった! 来週を楽しみにしているぞ! ヴァリアントー!」
ポツンと私だけ取り残される。
こういうのを“嵐が過ぎ去ったような……”というのだろう。
ただ書くのと、実際に体験するのは大違いだなと実感する。
そう思いながら、しばらくお菓子の残りを摘んでいた。
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