第17話:宣戦布告

「……えっ。わ、私のことが嫌いってどういうことでしょうか?」

「あなた、私を舐めてらっしゃいますでしょう」

「すみません、仰っている意味がよくわからないのですが……」

 

 アン先生は固い表情を崩そうとしない。

 どうしてそんなことを言ってくるんだろう。

 舐めた態度なんて一度も取っていないのに。

 それどころか、今日初めて会ったのだ。


「なぜ、クロシェットにざまぁを入れないのかしら」

「ざ、ざまぁ……?」

「流行りの要素を入れれば1位を取ることも簡単だろうに、なぜやらないの? と聞いているのよ。いつも2位とか3位をうろちょろされてると目障りなのよ」


 そ、そういうことか。

 アン先生は作品のことを話したくて、わざわざここまで来たらしい。

 なぜ来たのか理由がわかって、多少なりともホッとした。

 落ち着いてクロシェットのことをお伝えする。

 

「元々、クロシェットにざまぁ要素は入れないつもりなんです」

「なるほどね。ヴァールハイト程度が相手なら、そこまでする必要もないって言いたいのかしら? ざまぁが無くても1位を取ったりしますものね」

「い、いえ、違います! クロシェットは優しい雰囲気のお話にしたくて、敢えてざまぁは入れていないんです。以前から、復讐だったりざまぁは後味悪くなる気がしていて……」

「……ふーん」


 アン先生は納得したのかしていないのか、はっきりしない顔だ。

 だけど、威圧感のようなオーラはさっきより弱くなっていた。


「後味の悪さに関しては、私も一部同意いたしますわ。復讐物はその辺りの塩梅が難しいですの」

「ヴァールハイトは絶妙なバランスを保っているので、アン先生は作品造りがとてもお上手だなぁと思います」

「あらっ! あなたもそう思いますの!? いやぁ、私も自分の才能が恐ろしいと常々思っておりましたの。もちろん、読者の皆さんもそう思っているのは承知しておりますけど、自分の口から言うのはさすがに自意識過剰も……」

 

 アン先生は嬉しそうにペチャクチャ話し出す。

 機嫌を直してくださったのだろうか。

 ひとしきりご自身の才能についてお話しされると、さっきまでのキリッとした表情に戻ってしまった。


「ところで、あなたは本名で小説を書かれているのですね」

「え、ええ、特にペンネームとかも思いつかなかったので。たしか、アン先生はペンネームでいらっしゃいましたよね」

「そうですわ。私の家は有名ですからね。色眼鏡ではなく公平な目で作品の良さを判断してもらいたいので、わざわざペンネームを使っているのですよ」


 アン先生は得意げな顔でこちらを見ている。

 ドヤッ! という効果音まで聞こえそうなほどだった。

 くいくいっと眉毛が動いているけど……聞いてほしいのかな。

 個人情報だけど尋ねてしまったいいのだろうか。

 いや、ここまで来たのだから良いと思う。

 たぶん。

 とはいえ、やっぱり緊張するので恐々と聞いてみた。

 

「さ、差し支えなければアン先生のご本名をお聞かせいただいても……」

「私の本名はアートレイス・ハイエスト。ハイエスト公爵家の一人娘ですわ。あなたもご存知でしょうけど、ハイエスト家と言ったらこの国の三大公爵家。つまり、私は国内でも相当のご令嬢ということになりますわね」

「あっ、そうなんですかぁ」


 最後まで言い終わらないうちに、アン先生は大きな声で本名を教えてくれた。

 アートレイスさんと言うんだ。

 ずいぶん立派なお名前だなぁ。

 貴族の娘さんだからこんなに立派な服を着てらっしゃるんだ。

 それに三大公爵家ねぇ、へぇ~。

 男爵のストーリー家とは大違いだなぁ。

 ……え!?

 

「三大公爵家!?」

「だ、だから、そう言っているではないですか。な、なんですの急に……」

「ま、まさか、1位の作者が国を代表する三大公爵家のご令嬢だったなんて~!?」


 とんでもなく驚いていたら、アン先生はちょっと引いていた。

 ハイエスト家は三大公爵家の中でもトップの家柄だ。

 そういえば、くるくる縦ロールの派手な髪型や豪華な赤白ドレスだって全然嫌味がない。

 他の人が同じ格好をしたら半端なく悪目立ちしそうなのに……。

 育ちが良すぎるのだ。

 こ、これが三大公爵家……。

 諸々の事実に強い衝撃を受けていると、アン先生が私の方にグッと詰め寄ってきた。


「あなたの驚きように忘れそうになりましたが、今日こちらに伺ったのにはもう一つ理由があります」

「え? そ、そうだったんですか?」

「なぜあなたは皇太子殿下の屋敷に住んでいるのでしょう」


 アン先生はおっかない目で私を睨んでいる。

 あまりの威圧感に、ど、どうしてそんなに睨むんですか? とは聞けず、ゴクリと唾を飲むしかなかった。

 もしかして、アン先生はフィアード様のファンなのだろうか。

 だとしたらまずい。

 直ちに誤解を解かなければ色々追い詰められる気がする。


「まさかとは思いますけど、皇太子殿下に媚びを売ろうってんじゃないでしょうね」

「ち、違います! そんなことしません! 私がここに来たのは婚約破棄されて……」

「ふんっ、これ以上ないくらいの上客を捕まえたってところかしら。まったく、羨ましいですわ。こんな素晴らしい環境で1位相手には舐めプしてればいいんですからね」

「ですから、そういうわけじゃなくてですね……」

「私にはあなたを本気にさせるほどの才能はなかった、ってことなんでしょうね。私は自分の無力さが嫌になってしまいますわ。先々週もあなたに1位を取られましたし、その3週間前だって……」


 アン先生は一人で話を進めまくる。

 えええ~、どうしよう。

 全然話を聞いてくれないよ……。

 アン先生を眺めていても、怒ったかと思うと悲しい顔をしたりとかで一向に話しが終わる気配がない。

 こ、こうなったら、一旦ヴァリアントさんを呼ぼうかな。

 お茶でも持ってきてもらおう。

 一度休憩すれば、このお方のご機嫌も治るはずだろう。

 一人で喋っているアン先生からそっと離れ扉に向かう。

 よし、あとちょっとだ。

 ヴァリアントさんのことだから、小声で呼べばすぐ来てくれるはずだ。

 そう思って廊下に繋がるドアを開けた瞬間。


「ベル、差し入れを持ってきたぞ。最高級の茶と菓子だ」

「……え」


 まさかのフィアード様が入ってきてしまった。

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