第16話:1位の作者

◆◆◆


「ああ、愛しのクロシェット! 僕は君のことを考えたら夜しか眠れないんだ! 朝も昼もよく起きている!」

「そ、それは、大変よく眠れてらっしゃいますね。カラブル王子」

「こんなことは君に会って初めてだ! いや、前からそうだったかもしれない!」

「さ、さようでございますか」


 ここはクシヨナル王国の宮殿……の端っこ。

 私はお庭にいる。

 バルコニーにはカラブル様。

 この国の第四王子だ。

 夜会でお会いして以来、熱烈なアプローチを受けてしまっていた。

 私は子爵家出身だ。

 カラブル様は序列では下から三番目ではあるけれど、私とは身分が違いすぎる。

 とにかく遠慮しているのに、そのアピールは日ごとに勢いを増すばかりだった。


「ああ、どうすれば君にこの思いが伝えられるんだ! 僕はもどかしい!」

「もう十分過ぎるほど伝わっておいででございます」

「いいや! まだ足りない! 君に僕のパッションを伝えたいんだ!」

「お、お言葉ですが、本当にもうよろしいですので……」

「君ほど強くて美しい人を僕は見たことがない! 天使のような声に女神のような佇まい! 何より、その漆黒の闇よりも黒くて美しい髪が……!」


 カラブル様は私のことをずっと褒めてくださっている。

 そんなにお褒めにならなくていいのに……。

 他には人がいなさそうだったのが、せめてもの慰めだった。

 この調子だと、あと小一時間は続くかもしれない。

 と、思っていたとき、急にバルコニーが騒がしくなった。


「な、なんだ、貴様は! どこから入ってきた!」

「カラブル様! どうされたんですか!?」

「うっ……な、何を! ……ぐわぁぁっ!」


 突然、断末魔のような叫び声が轟いた。

 猛スピードでカラブル様の元に向かう。

 壁を駆けあがりバルコニーに出た瞬間、衝撃的な光景が目に飛び込んできた。

 カ、カラブル様が倒れている!

 顔面蒼白で、その両目は気味が悪いほど見開いていた。

 そして、床には赤い液体が流れ出している。

 

「カラブル様! 大丈夫ですか!? しっかりしてください!」


 体を懸命に揺するけど、カラブル様はまったく動かない。

 ま、まさか、そんな……。

 

「う、うそ…………死んでる」


◆◆◆


「さて……」


 クロシェットの執筆が一段落した。

 ぐーっと背伸びする。

 背中からポキポキと音が聞こえた。

 朝から書いていたからなぁ。

 体がこわばっているのだろう。

 ちょっと体を動かすかな。

 気を付けないと、作家はすぐに運動不足になってしまう。

 書いているときは本当に動かないからね。

 そこで、私は室内でもできる体操を考案した。

 腕、肩、足、腰……全身を隈なく動かせるのだ(ベル体操と呼んでいる)。

 部屋の中でブリッジをしていたら、お部屋のドアが叩かれた。


「ベル様、失礼いたします。ヴァリアントでございます。入ってもよろしいでしょうか」

「あっ、はい、どうぞ。お構いなく」


 何事もなかったかのように立ち上がる。

 同時に、ヴァリアントさんが入ってきた。


「執筆中に申し訳ございません。ベル先生にお手紙がございましたので、お届けしました」

「手紙ですか。ありがとうございます」


 ヴァリアントさんから一通の手紙を受け取る。

 なんかやけに上質な紙だな……。

 フィアード様が用意してくださった執筆用紙と同じような手触りだ。


「それでは、私めはこれにて失礼いたします」

「はい、どうもありがとうございました」


 ヴァリアントさんがお部屋から出ていく。

 どれどれ、誰から来たのかな?


「……えっ」


 手紙の差出人名を見た瞬間、心臓が止まりそうになった。

 エディさんからかと思ったけど違った。

 かと言って、リブロール出版でもない。

 手紙を送ってきたのは…………まさかのアン・ヴィーナス。

 い、1位の作者だ。

 彼女(彼?)から手紙が来たのは初めてだ。

 な、なんだろう。

 緊張しながら封を開ける。

 一枚の紙がスッ……と出てきた。

 途方のなく美しい字でつらつらと文章が書かれている。


〔……次の満月の日の正午頃、そちらに伺います。アン・ヴィーナス〕


 え、ここにいらっしゃるんですか?

 どうして急に。

 まだ面識はなかったはずだけど。

 連載雑誌は同じでも、作者同士で集まったりとかは特にないしな。

 しばらくアン先生の訪問理由を考えていたら、とあることに気づいた。

 満月の日って今日じゃん。

 しかも正午ってもうすぐだ。

 どうしよ、どうしよ。

 何の準備もしてないよ。

 あたふたしていたら、また扉が叩かれた。


「ベル様、失礼いたします。お客様でございます。それも大変有名な方でいらっしゃいます。このような方とお知り合いなんて、さすがはベル様でございますね」

「あっ、はぃっ! ど、どうぞ!」


 慌てて答えたら、ドアがギィ……と開かれる。

 きっと、というか、ほぼ間違いなくアン先生だ。

 さっきベル体操したばかりだというのに、緊張して体がこわばってきた。

 だけど、それとは別にワクワクする感じもしてくる。

 アン先生はどんな方なんだろう。

 頭の中で想像を膨らませる。

 やっぱり、女性の先生かな……ヴァールハイトも恋愛小説だし。

 だとしたら、凛としたカッコいい女の人って感じがする……それこそレイみたいに。

 いや、もしかして、フィアード様みたいな怖い男性の方?

 わずか数秒で色んな妄想ができるのも、作家をやってきたおかげだろう。

 そんなことを考えていたら、ヴァリアントさんが入ってきた。

 

「ベル様、お客様をお連れいたしました。アン・ヴィーナス様でございます」

「ごきげんよう、ベル先生。お初にお目にかかりますわね」


 ヴァリアントさんの後ろから出てきたのは、長い金髪をクルクルと縦ロールにした美少女だった。 

 真っ赤な目が燃え盛る焚き火みたく輝いていて、精霊が人間になったように可憐だ。

 赤と白を基調としたふんわりドレスを完全に着こなしている。

 一見するとかなり派手なのだけど、イーズのような嫌らしさは少しも感じない。

 恐ろしく育ちが良さそうなのですが……。

 

「私めは失礼した方が……よろしいですかね? できればお二人の会話に参加させていただければと……」

「お言葉ですが、席を外してくださいますこと?」

「かしこまりました」


 ヴァリアントさんは残りたそうにしていたけど、アン先生にきつく睨まれると静かに引き下がった。

 アン先生と二人っきりになる。

 フィアード様に劣るとも勝るとも言わないすごい威圧感だ。

 と、とりあえず挨拶しよう。


「こ、こんにちは、アン先生。お会いできて光栄です」

「……」


 ぺこりとお辞儀したけど、アン先生は何も話そうとしない。

 それどころか、私のことを厳しい目で睨んでらした。

 な、なぜそのような目で見ているんだろう。

 ドキドキしながら待っていると、アン先生は小鳥が鳴くような声で、しかしはっきりと言った。


わたくしはあなたのことが嫌いです」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る