第15話:必死に

「フィ、フィアード様、どうされたのですか……? とても険しいお顔をされてらっしゃいますが……」

「私の気持ちとしては、クロシェットは毎週1位のはずなのだが。どうして、今週も1位でないのかと編集氏に尋ねてみたくてな」


 そ、それはちょっと困りますよぉ、フィアード様。

 編集さんに直接文句を仰るなんて……。

 チラリ……とエディさんを見る。

 彼女は気絶しそうだった。

 目が虚ろになってフラフラしている。


「す、すみません、フィアード様! それは作者としての力不足が原因です! もっと努力しますので、どうかお助けを!」

「いや、君の実力は群を抜いている。もちろん、“週刊パシアンタ”に掲載されている作品は全て読んでいる。だからこそ、毎週1位でない理由がわからないのだ。これはもう抗議するしかないと思った」

「で、ですが……」

 

 ひいい。

 どうすればいいの。

 フィアード様がお怒りだ。

 クロシェットがご希望に添えなかった。 

 あまりにも重い事実に心が沈んでいく。

 気のせいか、自分の身体までズブズブと床に沈んでいくようだった。

 私は今日ここで死ぬのかもしれない。

 短い人生だった。

 だんだん意識が遠のいていく……。

 その瞬間、フィアード様の笑い声が頭に響いてきた。


「ははは、ちょっとした冗談だ。いくら私でも、さすがにそのようなことはしないさ。たくさんの読者が読んだ結果だからな。まぁ、クロシェットが1位でないのは不本意だが」

「じょ、冗談だったんですか……」


 心の底からホッとした。

 全身の力が抜けていく。

 フィアード様も冗談がキツいなぁ。

 その気迫のこもったお顔で言われると、少しも冗談に聞こえないのだ。

 フィアード様は、はははと笑いながらお話を続ける。


「さて、出版長に抗議して来るか。どうしてクロシェットが1位じゃないのかと」

「フィアード様! お願いですから……!」


 出版長に抗議という一言で、突然エディさんが生き返った。

 必死の形相でフィアード様にしがみつく。


「うおっ……!」

「そそそそ、それだけはご勘弁くださいぃ! クビになっちゃいますからぁ!」

「お、落ち着きなさい。ちょっとした冗談だ」

「お願いですぅ! どうか考え直してくださいませぇ! 私は必死に頑張らせていただいていますのでぇ! 何卒、ご勘弁をぉ!」


 エディさんは涙を流しながら訴える。

 あまりの勢いにフィアード様もタジタジだった。

 “恐怖の皇太子”に怖じ気づいていた彼女とはまるで違う。


「エ、エディさん。大丈夫ですから。フィアード様も本気で言っているわけではないので」

「ベル先生からも口利きしてくださいよぉ! クビになったらどうやって生活していけばいいんですかぁ!?」

「な、なので、ただの冗談で……」

「冗談じゃないですよぉ!」


 エディさんは取り乱しまくっている。

 傍らのフィアード様に控えめにお伝えした。


「フィアード様、あのようなご冗談は控えた方がよろしいかと……」

「う、うむ……そうだな。私も軽はずみなことをしてしまった……。やはり、慣れないことはするものではないな……」


 その後、二人で懸命にお話しして、無事に誤解が解けた。


「……なんだぁ、冗談だったんですかぁ。今までで一番ホッとしました」


 エディさんは安心した様子で話している。


「では、私はこれで失礼する。エディ殿、誠にすまなかった」

「あ、いえ、私も取り乱してしまって申し訳ありませんでした」


 フィアード様が執務室へ戻る。

 お部屋の空気が緩んでいった。

 エディさんが、はぁっ! と大きなため息を吐く。

 その顔は笑顔だ。

 お茶を渡すと美味しそうに飲んでいた。


「私は今、人生で一番心が軽いです」

「いや……本当にすみませんでした」

「いいんですよ。皇太子殿下の冗談が聞けるという、大変貴重な経験をさせてもらいましたし」


 打って変わって、エディさんも元気になってくれた。

 お屋敷の外までお見送りする。

 

「じゃ、じゃあ、今日はありがとうございました。色々すみませんでした」

「ベル先生も執筆頑張ってください」


 エディさんはランラン……とスキップしながら帰って行った。

 良かった、あの調子なら大丈夫だろう。

 ふぅっ、と一息つきながらお部屋に戻る。

 さて、さっそくクロシェットの続きを書くかな。

 と、そこで、フィアード様の言葉を思い出した。


――まぁ、クロシェットが1位でないのは不本意だが。


 あのとき、フィアード様は少し残念そうな顔をしていた。

 声のトーンだっていつもより暗かった気がする。

 暫しの間ペンを止める。

 もっと頑張らないとな。

 フィアード様のためにも、読者さんやエディさんのためにも……。

 クロシェットが今後どうなるかは、私の手にかかっているのだ。

 その後、いつにも増して気合を入れて書きだした。

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