第13話:計画(Side:ワズレス②)
「どうした、ワズレス殿。さっきから全然食べていないではないか。イーズ嬢もそうだな。遠慮などしなくていいのだぞ?」
「「あ……いや……」」
監獄を抜けたあと、俺たちはクルーエル公爵の家に連行されてきた。
悪魔が住んでいそうなとにかく不気味な屋敷だ。
いや、実際はそれほどではないかもしれない。
しかし、俺たちにはとにかく気味悪く見えて仕方なかった。
ここは大食堂で、目の前には豪勢な食事が出されている。
だが、どんな豪勢な食べ物も飲み物も喉を通るはずがなかった。
喉の奥が閉まったようになり、水を飲むことすらできない。
「ワズレス殿とイーズ嬢が協力してくれることで、私の計画も順調に進めることができる。改めて感謝せねばならないな」
「「ははは……」」
適当に誤魔化していると、イーズが俺を小突いてきた。
「ワ、ワズレス様……どうにかして逃げ出しましょう」
「あ、ああ、そうだな。クーデターの片棒を担がされたらたまったもんじゃねえ」
隙を見て逃げた方が良さそうだ。
幸い、部屋の中にはクルーエル公爵しかいない。
いざとなったら、こいつをぶん殴って逃げればいいのだ。
イーズと小声で相談する。
「よし、僕が咳払いをしたらいっせいに飛びかかるんだ。二人で行けば何とかなる」
「わかりましたわ、ワズレス様」
心を整え気持ちを落ち着ける。
いいか、タイミングを見計らって咳払いするんだ。
「ウウンッ……!」
イーズは微動だにしない。
それどころか、素知らぬふりをしてすましている。
すかさずイーズの太ももをつねった。
「……痛っ。何をするのですか、ワズレス様っ」
「どうして殴りにいかないんだっ」
「ワズレス様こそっ」
二人で小競り合いをしているとクルーエル公爵に気づかれた。
「どうかしたかな」
「「あ、いや……別に……」」
クソッ、どうすればいいんだ。
さすがに一人で殴りかかりるのは気が引ける。
どんな魔法を使ってくるかわからない。
捨て駒になるのだけはイヤだ。
しかもイーズのためなんかに。
「そんなにソワソワしなくてもいいぞ、ワズレス殿、イーズ嬢。貴様らが私から逃げられることはないのだから……」
「「うぐっ……」」
突然、手首が燃えるように痛くなってきた。
あの模様だ。
焼きごてで焙られているように、じりじりと猛烈に痛い。
「や、やめろ! 何するんだ! 痛いだろうがよ!」
「そうよ! 痛いからやめなさい!」
俺たちがいくら抗議しても、クルーエル公爵はニヤニヤしているだけだ。
今すぐぶん殴ってやろうとしたが、気が引けて動けなかった。
何をしてくるかわからない。
「この契約を結んだ時点で、貴様らが私に逆らうことは不可能なのだ。奴隷として一生涯私に尽くすしかない」
「「そ、そんな……」」
クルーエル公爵がニヤニヤしていると、少しずつ手首の痛みも消えていった。
とはいえ、喜べるはずもない。
俺は一生こいつにこき使われるってのかよ。
ふざけんな。
悪態を思いっきり怒鳴ってやりたかったが、また魔法を使われると思うと何もできなかった。
心が暗い気持ちに支配される。
「ワズレス様! どうしてくれるのですか!」
「な、なに……?」
「あなたのせいであたくしまで巻き込まれたのですよ! あたくしは被害者なのです!」
いきなり、イーズが俺を責め始めた。
小声で。
「こ、こんなときに何を言ってるんだ」
「こうなったのも全部ワズレス様のせいですわ! それに、他の令嬢との関係だってまだ全然説明してくれてないじゃないですか! あたくしは絶対に許しませんよ!」
なんなんだ、こいつは。
このヤバい状況が分かっていないのか?
こんな女と付き合ったのが運の尽きだった……。
そう思ったとき、俺の頭に閃きが浮かんだ。
「いや、逆にこれはチャンスだ」
「……ワズレス様?」
イーズはポカンとしているが、俺は説明を続ける。
「この機を利用して、ベルと皇太子に復讐するんだよ。元はと言えば、あの二人のせいで俺たちはこんな目に遭っているんだから」
「…………たしかに、ワズレス様のおっしゃる通りでございますわね。お義姉様さえいなければ、私たちはもっと幸せな人生になっていたと思います」
そうだ、あの二人がいけないのだ。
「特にベルだ。あいつが皇太子などに助けを求めるからこうなったのだ」
「そうですわ、そうですわ。今思えば、お義姉様をバカにしただけでどうして終身刑になるのか意味がわかりませんわ」
話せば話すほど、ベルと皇太子がいけない気がしてくる。
同時に、あいつらへの怒りが沸々と湧いてきた。
俺たちを牢獄に閉じ込めた挙句、俺の女性関係という言わなくていいことまで明らかにしやがったのだ。
もう許さない。
「絶対にあの二人に復讐してやるぞ。今まで受けた苦痛を何十倍にして返してやる」
「それでこそ、ワズレス様ですわ。あたくしも精一杯お手伝いさせていただきます」
イーズと一緒に復讐を誓っていると、クルーエル公爵がひと際性悪な笑みを浮かべた。
「どうやら、話がまとまったみたいだな。私が無理矢理従わせるまでもなかったか」
「ああ、クーデターに俺たちも参加させてもらう。ベルと皇太子を失脚させてやるんだ」
「このあたくしをこんな辛い目に遭わせた罪を償わせてやりますわ」
クルーエル公爵の不気味な笑みも、今となっては全く怖くない。
それどころか、非常に頼りがいのある人物に思えてきた。
心境の変化とは不思議なものだ。
「では、改めて乾杯といこうか。スムーズに事が進んで私も嬉しいぞ」
「「僕(あたくし)たちの明るい未来に乾杯!」」
俺たちは盃を交わす。
グイッとワインを飲み干した。
さっきまであんなに喉が詰まっていたのがウソのようだ。
「それで、クーデターとやらはどうやって行うんだ?」
「計画とかあるのかしら?」
「もちろんあるとも。クーデターとなっては、さすがの私も入念に準備しなければならないからな」
そう言って、クルーエル公爵は一枚の紙を取り出した。
ぱっと見た感じ、図面のような地図のような紙だ。
「おい、そいつはなんだよ」
「まぁ、焦るな。これは皇太子の屋敷の地図だ。貴様らにはとある重要書類を盗みだしてほしい」
「いったいなんだ?」
「早く教えなさいよ」
クルーエル公爵はもったいぶったようにワインを一口飲む。
わざと口の中で転がしている。
「国境付近の防衛について書かれた書類だ。軍隊の人数や配置、いつ交代するのか、それぞれの兵が使える魔法……国境の警備について詳細に記された書類だ。まさしく国防の要と言えよう」
「国防の書類ねぇ……だが、どうやって盗み出すんだ? 皇太子の屋敷なんて、ものすごく警備が厳しいはずだろ」
「その辺りは心配いらない。侵入の技術は私が教える。衛兵の目をかいくぐる特殊なアイテムも手に入れたしな」
「「なるほど……」」
どうやら、手はずは整っているようだ。
これなら安心だな。
「さて、その重要書類があれば、容易く国外から軍隊を送り込める。戦は先手が大事だからな」
「「い、戦!?」」
突然、戦と言われ驚いた。
こいつは開戦するつもりなのかよ。
「この国を転覆させるには一筋縄ではいかない。相応の武力を持って挑まなければ……。私の部下たちはほとんど国外にいる。情報を手に入れ次第、警備の穴を狙って侵入させるのだ」
クルーエル公爵の目は気味が悪いほど座っている。
冗談で言っているんじゃない。
本気の本気だ。
イーズは緊張した様子でドギマギしている。
「ワ、ワズレス様……戦ですって」
「なに、好都合だ。レジェンディール帝国の権力を奪い取って、あの二人を心行くまで痛めつけてやる」
「そ、そうですわね。そう思うと、あたくしも楽しみになってきましたわ。もう一度乾杯しましょう」
俺とイーズは再度乾杯する。
見てろよ、ベルと皇太子。
絶対にクーデターを成功させ、お前らを絞首台行きにしてやる。
今さら反省してももう遅いぜ。
その日の酒は、今までで一番美味かった。
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