第12話:フェンリルもファンの方でした
「ヴァンさんもクロシェットを読んでくださっているのですか!?」
『無論』
まさか、フェンリルまで読んでいたなんて……。
エディさんが聞いたらものすごく驚きそう。
どうやら、私が思っている以上にクロシェットの読者層は広いらしい。
「あ、あの、読んでくれてありがとうございます。フェンリルの方まで読まれているとは初めて知りました」
『それがしもクロシェットに出逢う前は書物を読むことになるとは思わのうござった。読んだときは感動したでござる。特に、最初は辛辣でござったレイが、クロシェットの情けに心開いていく様が……』
ヴァンさんはクロシェットの感想を嬉しそうに話し始める。
なんか、どこかで見たような光景だな。
「ヴァンさんは読書がお好きなのですか?」
『否。クロシェット以外の書物は読んだことすらない』
「え? そ、そうなんですか?」
てっきり読書が好きだと思っていたけど違ったらしい。
フェンリルが読書好きというのも不思議な話だけど。
『拙者にとって、クロシェットはそれほど特別な存在なのだ』
「な、なるほど……それにしても、ヴァンさんは独特な口調でお話されますね」
『独特な口調? 拙者は普通であると存じておるが……』
ヴァンさんは不思議な話し方をする。
いや、彼らの中ではこれが一般的なのかな?
フェンリル事情には疎いのでよくわからなかった。
……ん?
そういえば、こんな話し方をする人とはどこかで会ったような気がするな。
どこだったっけ……。
懸命に思い出していると、お部屋のドアからフィアード様の声が聞こえてきた。
「ベル、入ってもいいか? 今週のクロシェットの感想を伝えたいのだが」
「は、はい、どうぞ! お入りください!」
フィアード様がお部屋に入ってくる。
そして、私たちを見ると立ち止まった。
ヴァンさんのことをお伝えしないと。
「フィアード様。こちらはヴァンさんと言いまして、フェンリルでいらっしゃいます。どうやら、クロシェットのことを読んでくださっていたみたいで……」
「ヴァン、ここにいたのか。探したぞ」
『かたじけない。クロシェットの匂いがしたでござる故、気になり申して来てしまった次第』
「理由は痛いほどよくわかるが、食事の時間はなるべく守ってくれ」
『承知』
フィアード様たちは仲良さそうに話している。
お二人はお知り合いだったらしい。
いや、考えてみればそうか。
お屋敷にフェンリルがいることをフィアード様が知らないはずないし。
「ベル、紹介が遅れてしまったな。彼はフェンリルのヴァンだ。私が幼いときからこの屋敷で一緒に暮らしている。私の大事な友人の一人だ。ヴァンが迷惑をかけなかったか? 執筆の邪魔をしてしまったみたいだが」
「いえ、全然迷惑じゃありません。ただビックリしただけです。フェンリルに会うのも初めてですし、彼らが人間の言葉を話せるのも初めて知りました。フェンリルってお話できたんですねぇ」
「ああ、そのことか。ヴァンは少々特別なのだ。他のフェンリルは人語を話すことはない」
「そ、そうなんですか? みんな話せるものだと思ってました」
他のフェンリルはお話しできないんだ。
じゃあ、どうしてヴァンさんは人の言葉がわかるんだろう。
疑問に思っていたら、フィアード様が説明してくれた。
「昔からヴァンには本の読み聞かせをしていてな。その甲斐あって、彼は我々の言葉が扱えるのだ」
「読み聞かせをされてたんですか。なるほど……」
『フィアードの持ってくる書物が面白く、気がついたら拙者も夢中になり申した』
ふ~ん、心温まる優しいお話しだな。
ほんわかしながら聞いていた。
ん? ちょっと待って。
さっき、ヴァンさんはクロシェット以外は読まないと言っていたよね。
ま、まさか……。
「フィ、フィアード様。その読み聞かせに使った本というのは……」
「もちろん、『悪役令嬢クロシェットはへこたれない』だ。むしろ、それ以外に何があるというのだね」
や、やっぱり……。
フィアード様はクロシェットを読み聞かせていたのか。
そんな内容だったっけ?
というより、どうしてクロシェットを選んだのだろう。
「ち、ちなみになぜクロシェットをお選びになったのでしょうか」
「好きな気持ちが抑えられなくてな。伝える相手を探していたところ、ちょうどヴァンがいたのだ。私が近づくと他の者たちはどこかへ行ってしまうからな」
なんとなくその光景が想像できる……。
と、そこで、閃いたことがあった。
「ヴァンさんの口調はクロシェットの影響を受けているような気がするのですが……気のせいですよね?」
「おおっ、気づいてくれたか! さすがは作者だ! 懸命にクロシェットを読み聞かた甲斐がある!」
『それがしもこの口調は話しやすくて助かる』
……やっぱりか。
いや、そうだろうなとは思っていたけど。
クロシェットの中でこんな話し方をするキャラが一人だけいる。
東方の島国出身で剣術の達人、ローニン。
彼だけ「拙者は~」、「~でござる」といった口調で話すのだ。
ヴァンさんはローニンに影響されていたのか。
どうりで不思議な話し方をすると思った。
フィアード様は上機嫌で話を続ける。
「クロシェットの話は分かりやすいが奥が深い。文章も読みやすいからな。読み聞かせにはベストな選択だったと言えよう」
『拙者も毎回楽しみにしてござったよ。人間の言葉も瞬く間に覚えてしもうた』
「そ、それなら良かったです」
二人はクロシェット談義で盛り上がる。
なるほど、読み聞かせの需要もあるのか。
もう少しセリフとか地の文を簡単にしようかな。
今後の執筆のことを考えていたら、ヴァンさんが思い出したように言った。
『ところで、クロシェットにフェンリルは未だ出てきておらぬな』
「ええ、そういえばそうでしたね。味方としても敵としても、まだ一度も出てきていません」
『なぜでござろうか』
「私自身、フェンリルに会ったことがなかったので、どんなイメージがよくわからなかったんです」
他の作品を見ると、フェンリルだったりモフモフ系のキャラが出ていることが多い。
私も出すか迷っていた。
だけど、今までモフ系の動物と触れ合うことがなかったので、書くに書けなかったのだ。
『されば、拙者が協力しんす』
「わぁっ、ありがとございます! じゃあ、さっそく取材させてもらってもいいですか?」
「万事聞いてよきで候」
よし、これでモフモフが出せるぞ~。
和気あいあいと取材を始めたら、フィアード様がぽつりと呟いた。
「フェンリルは出ても皇太子は出ないんだな……」
「えっ」
フィアード様の周りには、ずーん……という重い空気がまとわりついている。
し、しまった、皇太子キャラよりフェンリルを優先するのはまずかったよ。
「皇太子など所詮その程度というわけか……」
「ち、違います! そういうわけじゃありません!」
必死になって否定する。
しょんぼりしてしまったフィアード様を慰めるのはかなり大変だった。
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